007 月山よ、爆発せよ
出典:サンデー毎日 昭和49年3月24日
鳥海山が噴火したと聞いて驚いた。
 小説『月山』で、わたしは死の山・月山に対し、鳥海山を生の山として描いたが、実際には、鳥海山も山自体は死んでいると思っていたからだ。
 鳥海山のふもとに吹浦という漁村がある。わたしは、かつてそこに住んだことがあり、その吹浦を通して鳥海山を小説に書いたこともある。
 実は、いまになってそんなことをいうのもなんだが『月山』のつぎの創作集の題は早ぐから『鳥海山』と決めていた。そんなこんなで鳥海山の突然の噴火にはしんそこ驚かされた。
 もちろんわたしは地質学者でもなければ、火山の専門家でもない。そうかといって予言者でもないわけだから、次はどこの火山が噴火するか、と聞かれてもわかるわけがない。しかし、鳥海山の噴火を聞いて、わたしには、ひょっとしたら次は月山ではないかというような気がする。
 月山はもはや息たえた死火山だろうが、たとえ死火山でも、火山の一つであることは間違いない。いつ噴火し、怒り狂ったとしてもいっこうに不思議ではない。鳥海山と月山は地続きのいわばお隣の山だ。専門家は笑うかも知れない。だが、その専門家がどれだけのことを知っているのか。世の中のことはだれにも分からない。形あるものはいつか消滅する。文学でも何でも、永遠なんておよそありえない。
 わたしはいま、山形のほうからみると月の形をした、庄内平野からみると屋根の連なりのような月山がごうごうと火を吹いて爆発するところを想像する。
 月山がもし永遠なものなら『月山』を書く意味はなかった。わたしはわたし自身にそういい聞かせている。月山も富士も大山も桜島も、みんな爆発したらいい。(談)
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