053 東京近況 “したたかな学生”
出典:西日本新聞(夕刊) 昭和51年8月16日
 くちびるの赤さがいつまでも印象に残る。なまめかしいほどの鮮やかさだった。
 頭の半分を覆うほどの長い髪。目と、学生が使うようなメガネの間に、その髪が垂れ込む。四畳半のアパートの一室は、本が所狭しと混雑し、壁には自著の広告ポスター。机がわりのコタツの上、読みさしの小説には、学生がよくやるように、傍線が黒々と引かれていた。『ここが気に入っているんですよ。借景だけど、ほら、裏には竹林があるでしょう』──この竹林のために十年このアパートに住み続けている、という。
 手狭になるにつれ、借り部屋を増やし、今は五部屋の主。家賃はもちろん、電気、ガスの基本料金などすべて五軒分を負担している。それほど自分の好みを大切にする人だが『竹林を切る、という話もあってね、竹林がなくなるならこんな不合理な生活やめて引っ越すつもり』。決して『切るべきでない』とは言わない。自分の好み同様、人の好みも大切にする。人間関係の幅の広さの秘密をかい間見た──やっぱり“学生”ではなくて、はやり言葉で言えば“したたかな学生”。
 第七十回(四十八年下期)芥川賞を受けた代表作『月山』の人気はなお衰えず、根強い。昨年神戸のフォーク好きの見知らぬ青年がギターを抱いてひょっこり、アパートを訪ねてきた。去りがたそうにモジモジする青年に『歌いたいんだろ』と森氏。『ながく庄内平野を転々としながらも──』歌う青年、終わると『わかりますか』『ウン、ウン。もう一度』とテープ録音した森氏、その場で方々に電話して『どうだ』─組曲『月山』(新井満曲・歌)のLPのデビューのきっかけはこんなふうだった
 今、アパートに二十枚近い絵が集まっている。新井氏の友人長倉祐好氏の『月山』のイメージを描いた習作で、来春には森、新井、長倉三氏で『月山─歌と詩画展』を計画している。『僕の作品がジャンルを超えて広がることもうれしい。でも若い人がきっかけつかんで活躍してくれることを願っているのですよ』と森氏。いかにもこの人らしい。
 ところで自分の作品は、と問うと、『そろそろ書かなきゃならん、いったいどうしたら、と思っているところに九州のオタクの話まで飛び込んできて──』と森氏。九州芸術祭(九州文化協会主催、西日本新聞後援)文学賞の選考委員を承諾した件だ。『僕はじっくり読むタチだから。ちょっと重荷かと思った。でも引き受けたからには九州文学賞から芥川賞を出したいね』一層面白い選考会になりそうだ。
 森氏の話は流行歌手から高等数学、仏典まで多岐にわたった。四時間分、とうていここには書き切れない
(原)
 
 もり・あつし 明治四十五年、長崎市生まれ。旧制一高中退。
作品に『酩酊船』『鳥海山』など。雑誌、ラジオ・テレビの名インタビュアーでもある。東京都調布市布田三ノ五二ノ五、やよい荘。
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