094 「庭好きは日本人の本能」
出典:日刊ゲンダイ 昭和56年3月12日(木)
「住むなら郊外の一戸建て」──住居問題の評論家・加藤憲一郎さんによると、9割以上の人たちがこうこたえるそうだ。
 大都市のみならず、中小都市にも広い間取りのマンションが立ちならび、ショッピングにも通勤にも、圧倒的に便利だというのに、この一戸建て志向の強さはどう解釈したらいいのだろうか?
 作家の森敦さんは次のように説明する。
「それは庭のある家に住みたいからです。庭があればそこに木を植え、草花を育てる。そこで、日本人は、はじめて心の底からくつろぎを覚えるんですね」
 庭造りは農耕民族である日本人の本能のようなものだと、森さんはいう。
 いうまでもなく、農耕民族は自然に従い、自然の“心”を体することで日々の糧を得てきた。だから、日本人は一木一草もない都市空間は文字通り、本能的に苦手なのだ。
 自然の中に生きるという感覚を庭園にまとめ上げたのが、鎌倉期の夢窓疎石をはじめとする数々の庭造りの名人たちだ。これらの人たちの“作品”は仏閣や時の権力者の大邸宅に限られていた。だが、時代が下り、庶民の暮らしが向上するとともに、それらの作品の思想が、庶民の小さな庭にも取り入れられてゆく。
「だから、わが国の庭は第一に自然の山水のたたずまいを模倣すること、さらに借景によって、いうそう自然の中に溶け込むこと──の2点が軸です」
 敷地40坪、建坪25坪、そして10坪ほどの庭……そんなささやかな庭にも、マツやウメなど十数本の木や、四季を通じて花の咲く草花を植えたくなるのも、いわば日本人の証なのだ。
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