103 机たちの物語
    肌にさわると生きものですよ、漆。
出典:モノンクル 12月号 昭和56年12月2日
 NHKで、木曽路を撮るというので、それで僕は行ったんですわ、木曽路に。その時漆も撮りたかったわけですよ、どうでも。で、城取邦夫という人の作った漆を写したんですわ。その時にね、僕にお椀をくれた。それがなかなか綺麗なお椀で、その綺麗なお椀を、僕は、外に出て、お椀をもたげるようにして見たわけです。そうしたら、冬枯れていたんですけども、その冬枯れで真っ青に、空が晴れておった。真っ青に晴れていたんで、そのお椀の中に、空が映ったんですね。だからこのお椀の中に木曽路の空が全部入ってた。そういうことを僕が書いたんです、そのお椀の話を。そしたら城取さんが喜んで、そういってくれるのはありがたいというんで、そのお椀をたくさん作りまして、「蒼穹」という題をつけまして、売っとるんです。まあ、そういうことから、城取さんと仲良くなったんですね。ずいぶんもう、城取さんとのつき合いも長いです、六、七年になるかな、もっと前かもしれない。この机は、その城取邦夫さんの作品です。
 城取さんの話だと、荒っぽく使ってくれっていうんですよ。どんどん、ごしごし拭いてもいいし、荒っぽく使ってくれと。僕はほら、茶托もなく、こうやって飲んでいるんですよね。でもあとで拭くと、またこういうふうに綺麗になっちゃう。
 机が書かしてるようなもんです。僕は机が合わんと、あまり書けん方です。この漆っていうものは、割合いに夏は、ひやっとして涼しいんです。そして冬は、案外あったかいんです。だから可愛いですよ、ええ。夏涼しくて、冬あったかい。非常に親しみがあるんです。使ってると、本当に肌さわってみると、生き物ですね。漆ですから。
 僕は各地に住んでいましたから、その土地にあるものを、勝手に使わしてもらったりしておりましたけれども、自分の家では、ちゃんとした机を使ってたんです。樅の木かなんかの一枚板のものをね、持って歩いていたですね。折り畳のお膳みたいになってて。
 もうこの机で満足してます。特に装飾してないわけです。これ古代木目っていうんだそうですがね。紅い机もありましたし、青い机もありました。だけども、いろんな色がついていると、かえって書きにくい。そっちの方に気をとられる。というようなことで、僕はこういう平凡な方がいい。
 城取さんが、まず真中の机を作ってくれたんです。僕、原稿をぞろっとこう、並べる癖がありましてね。これじゃ実は僕には狭いんで、もうちょっと広いものが欲しいと思ったんです。そうしたら一枚板で広くするよりは、こういうふうにした方がというんで、小さいやつをこういうふうに二つ付けて、ワンセットにしたんです。
 城取さんという人はね、自分で工芸家とはいわないんです、漆工といっている工芸家なんですよ、本当はね。
 友達が来て、皆欲しいらしいんですよ。作家の友達はこういう机欲しがってる。いくらで買えるか、と聞かれるんですよ。わからんから電話かけて訊いてみると、値段はわからんそうです。
 だんだん漆が好きになって、いろんなものを漆にしようと考えてます。城取さんが作られたお椀やなんか、たくさん使ってます。木曽の平沢から送ってもらってるんです。
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