114 談話室 煙に巻けない人間の性格
出典:ぱいぷ NO.36 昭和57年9月30日
 1日、200本くらい吸いますね。200本くらい吸いますけど、作家はね、火をつけるだけで、吸わないで最後まで燃やしちゃうこともあるわけですよ。そうかと思うと、つけたらすぐ消すこともあるしね。精神の安定になるんですよ、火をつけることが。
──作家といえば、ジェイムス・ジョイスという人はね『ユリシーズ』の中で、目をつぶってたばこを吸うと、うまくない、と書いている。目をつぶってたばこを喫むと、何を吸っても味は、かわらんわけですよ。味が、わからんもんなんですよ。
──ぼくは、ハタチのころ『酩酊船』という小説を書きましたけどね、それは、たばこを喫むことの物語なんですよ。まあ、小説は人生を書くものですけど、ハタチになったかならんかでは、人生はわからんからね……だから、たばこを喫む気持なんかを書いてやれ、と思いましてね。
──たばこ、というのは、吸い始めて、すぐうまい、というものではなくて、ある程度鍛練しているうちに、うまいと思うようになる。酒だって、そうですけど……二日酔を通過して、初めて味がわかってくる。トマトだってね、ぼくらの世代では、初めは、食べると吐いたものですよ。吐いていたのに、だんだん、つきあっていると、いつの間にか好きになってくる。大阪人の味はトマトの味だって……初めは、ちょっとイヤなんですよ。だんだん、よさがわかってくる。
──柔道とか剣道とか「道」の字のつくものが、ありますね。香道というのもあるでしょう。「たばこ道」っていうのが、できたっていいわけだよ。どういう喫み方をしているかで、その人の性格もわかるしね。
──なくなられた画家の熊谷守一さんはね、もの凄いチェーンスモーカーで、普通の巻きたばこをこわして、パイプで喫むんですがね……医者から「たばこをやめろ」といわれるけど、「もう、95歳、95にもなって、いまさら、たばこをやめられん」とぼくにいったことがありますよ。
──人間というのは、だいたい、気持で生きているんですからね。(談)
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