143 ふるさとを想う
出典:心のみち No.3 昭和62年夏
<作者プロフィール>
森  敦<作家>
明治四十五年一月、熊本に生まれる。
昭和四十九年、「月山」を著し、芥川賞を受賞。
主な作品に、「月山」「天沼」「鳥海山」「意味の変容」等がある。
 
 
 
 
 
 
 お盆というと、盆おどりや精霊流し、今では夏休み、帰省ラッシュと、いろいろな事が一度に思い出されてきます。けれど、もう一つ、先祖参りという側面も、やはり根強くありますね。普段、仏壇なんか拝んだことがない人でも、たいていは墓参りをします。
 日本人にとっての先祖参りは、祖先から営々として引き継がれた行事であるんですが、私はそれが単に宗教行事を超えた日本人独特の死生観を持っていると思うんですね。
 その昔、お盆の行事は豊年祭と一緒でした。日本人は農耕民族です。それは日本に仏教が渡ってくるずっと以前からあった土着的、民族的習慣に違いないと思います。
 田の神や、山の神と一緒に、仏教もまた、日本の民族性のなかに、どっかりと腰をすえました。人々の素朴な祖先崇拝と結びつき、さらには神とも結びつき、ある意味で、日本だけの、生活に根ざした仏教を作ってしまいました。
 昔の人はたとえ話がうまいですね。日本中が暑さにうだっている中、「地獄の釜のフタが開く日」とは、よく言ったものです。
 昔は、庶民にとって、この世が全くの地獄だったのですね。地獄のような日常の中で、祖先はちゃんと、何もせんでもよい日を作ってくれたわけです。
 しかし、何にもせんでもよいといっても、墓参りぐらいはせにゃならぬ、時にはお寺にも行ってみようと思うわけです。
 そういう訳で、今日においても、休みを作ってくれた祖先に感謝し、殺伐としたシャバの生活を離れて、家族ともども、自分の生活をふり返ってみるのも、決して無意味なことじゃありませんよね。
 何年か前のお盆の時、私は東京の近くの多摩霊園という処に行ったのですが、そこで自分の家のお墓をやっと建てたという中年の、やや場違いな感じのするご夫婦に出逢ったんです。その夫婦はこんな事を話していました。
「東京に来て随分になるけど、これでやっと私もふるさとを持つことができましたよ。」
 なる程、「墓を作ったら、その土地がふるさとになる」 そういう気持になれるんですね。
 今の都合暮らしの人の大半は、地方出身者だと聞きます。コンクリートの建物に住み、土に触ることなど滅多にありません。二代、三代になっていくうちに、ふるさとと疎遠になっていくと思います。けれど本当のふるさととは自分の中にあるんですね。
 お墓参り、ある意味で、「お墓」とはふるさとそのものではないでしょうか。こんな事を言うと、霊園業者が喜びそうだけれど、私はお墓を作ったら、そこが自分のふるさとになると思います。
 ふるさとがなくなってしまったら、新しくふるさとを作ればいいんですよ。親兄弟、遠い祖先が住んでいたところが、ふるさとだとしたら、私達は自分の子供達の為にも、ふるさとを作ってやらねばならないと思うんです。
 信仰をもつ人間は幸せです。死後、ゆくべき処をもつことができるからです。仏教にしろキリスト教にしろ地獄にしろ極楽にしろ自分のゆくべき処を、もっているんじゃないですか。
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