002 いまごろ・・・と菊池寛さんに怒られるかな
出典:夕刊フジ 昭和49年1月18日(17日発行)
 第70回芥川賞(48年下期)は、十六日夜の選考委員会で、森敦氏(六一)の「月山」(季刊芸術26号)と野呂邦暢氏(三六)の「草のつるぎ」(文学界12月号)の二作品に決まった。授賞式は二月六日よる東京・新橋の第一ホテルで行われ、正賞(時計)と副賞(三十万円)が贈られる。直木賞は該当作なしだった。
 森氏は、明治四十五年一月、長崎市生まれの六十一歳、芥川賞では最年長の受賞者である。旧制一高中退で、在学中から菊池寛、横光利一などに可愛がられ、昭和九年には、毎日新聞(当時の東京日日新聞)夕刊に、連載小説「酩酊船」を発表したこともある。その後、三十数年にわたって、放浪生活を続け、十年ほど前から東京・飯田橋の近代印刷に勤務。受賞作「月山」(がっさん)は、東北有数の高山で霊場といわれる月山ですごした一冬を描いたもので、密造酒づくりをしている村人たちとの幻想的なまじわりが書かれている。選考委員の一人、丹羽文雄さんは「雪の中の生活には清冽な印象を受けた。これまでの日本文学にはなかった作品で、若い人に、という芥川賞のイメージをおしのけるほどすぐれている」と激賞。
 記者会見に現れた森さんは「菊池さんに、いまごろにななって、と怒られるかもしれないが嬉しい。ただ、年齢のことを、みなさんに言われるのには、弱った。ぼくは、すっかり忘れていたから」と、若々しい“新人ぶり”だった。
 野呂邦暢氏は、昭和十二年九月、長崎市生まれ。県立諫早高卒。「鳥たちの河口」などですでに四回の候補歴のある“常連”。受賞作「草のつるぎ」は、自衛隊員だったころの体験を素材にしている。
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