010 ひと 森敦
出典:朝日新聞 昭和49年1月18日(金)
 そもそも作家とは何ものなのだろうか。その問いに、答えはきわめて明快。「書いても書かなくても、作家。賞をもらわなくても作家。そういうものであるはずです」とのこと。
ひさびさの大型新人である。が、正確には、デビューは十九歳。処女作「酩酊船」がいきなり毎日新聞に連載された。
 「横光利一と毎晩のように飲んでいましてね。連載がきまって、ある人が本当に書けるのか、と横光に聞いたら、ツラをみればわかる、と推してくれました」
 そして、一高中退。当時は、「大学は出たけれど」の、空前の就職難であったから、中退ブームだった。「ですから、ぼくみたいな反思想的思想の持ち主がやめるのは当たりまえでしょうね」
 戦時、戦後を通じての、長い文学的空白の間に、いろいろなことをやった。レンズ関係の会社に勤めたし、土木の臨時要員として三重県尾鷲で十年ほど働いた。いまの印刷会社でも、そうだというが、「来訪者によく役職者と間違われます。謙譲の美徳を欠いているせいでしょうか。どこでもふしぎな男といわれて……」
 酒好きで、強い。東京・新宿がたまり。そのくせ、「若いやつと飲むときは、飲ませないで、酒害についてこんこんとたしなめる」そうである。太宰治とも、酒友。「彼、字引にでるほどえらくなったなあ」
 酒づきあいばかりでなく、人なつこい性格のおかげであろうか。友だちに恵まれて、いままでもけっして「文学的孤独」ではなかった、と強調する。
 ところで、いったい文学とは何だろうか。この月並みな問いに。
 「ぼくは、知識を無にする修養をしたつもり。過去の一点を現在と仮定すれば、人生は反復できます。文学とは、人生を二回、くりかえすことを可能にするものだと思います」
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