011 きょうの話題
出典:報知新聞 昭和49年1月18日(金)
 こんどの芥川賞を受賞した森教さんは、候補になったとき「年齢がバレるので困ったなと思った」そうだ。間もなく、六十二歳になるが、十七日朝のテレビ(NHK「スタジオ102」)に出た森さんを見て、思わず目をこすった人も多かっただろう▼宇能鴻一郎さんに似たおかっぱ頭、若々しい声。テレビで見た限りでは、とうてい六十歳を超えているとは信じられないからである。しかし、森さんが新聞に「酩酊船」を連載した昭和十年に、宇能さんはまだ二つにもなっていない。こんどの直木賞候補にあげられていた植草圭之助さんも六十三歳という“還暦派”である。かつて石原慎太郎さんが「太陽の季節」でさっそうとデビューしたときは二十二歳という若さだった。若い作家の不毛を嘆く声はしきりだが、テレビカメラの前で少年のように照れている森さんを見ていると、若さとはいったいなんなのかを考えさせられる▼前回、直木賞を受賞した長部日出雄さんがメモしたところでは、受賞後一週間にかかってきた電話は百二十六回、祝電九十六通、手紙五十通、インタビュー五回だったという。受賞後の約一か月に書くべき原稿の量は、四百字詰め原稿用紙にして二百五十一枚。賞をとったあとマスコミのハードルを飛び越えることがいかに大変かがわかるような数字だ▼もちろん、森さんの場台は純文学なので、こういうラッシュに見舞われることはないだろう。それにしても「もう二つほど書いて渡してありますよ」とケロッとしている森さんの若さがたのしい。権力とは無縁の場所で、ひたすら精神の自由を追い求めてきた人の若さが、ジジむささをみごとに払拭(ふっしょく)しているのにちがいない。
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