021 新人作家 最近の傾向
出典:熊本日日新聞 昭和49年1月26日(土)
 昨年の主な新人文学賞をみても、受賞者の高齢化は一目りょう然だ。文学界新人賞が高橋揆一郎(四六)、吉田健至(四三)、文芸賞は佳作(当選作なし)が北沢輝明(四四)、赤坂清一(四八)、太宰賞が宮尾登美子(四八)、群像新人賞は該当者なしで、わずかに新潮新人賞が比較的若く泉秀樹(三〇)、太田道子(二九)で、二十代作家は一人しか出ていない。
 今回の芥川賞をみても、候補九人中、二十代は津島佑子(二六)だけ。受賞の野呂氏が三十六歳、森氏にいたってはこの一月末で六十二歳になる。
 しかも文学歴は、野呂氏が四十一年、第五十六回芥川賞に「壁の絵」で候補に上がっていらい八年、候補歴五回、現代作家の中では既に一定の位置を占めているといっても過言ではないだろう。
 一方、森氏は昭和初年に菊池寛、横光利一に師事し、昭和十年には東京日日新聞(現在の毎日新聞)夕刊に「酩酊船」という作品を連載している。太宰治や、檀一雄氏らとは文学仲間であり、当時の同人雑誌のいくつかには名を連ねているが、戦後まで作品は書いてない。ようやく檀一雄氏の主宰する「ポリタイア」に「吹浦にて」を発表したのが四十四年だから、約三十年の文学的空白の時代があるわけだ。小島信夫氏や三好徹氏らは森氏に厳しい文学的指導を受けたというから、文壇の陰の存在が、今度の受賞によって表街道に復帰したというべきだろう。
 だから選考委員会でも、森氏への授賞は、新人賞という芥川賞の性格からはずすべきだという議論もあったという。
それにしても、若い新人がどうして出ないのだろうか。
 少し古い話だが、雑誌「群像」が昨年六月号で、吉行淳之介、大江健三郎、丸谷才一の三氏の「新人について」という座談会を載せた。吉行氏はそこで「文弱、尚武ということがはっきりしなくなっているからですよ。つまりある種の才能を持っていると、別のグラウンドヘ割に出やすくなる。小説などというしんどいことをしなくても、なんとかデザイナーというふうに、感覚と感受性を割に簡単に使う職業がいろいろあるでしょう。そっちに行っちゃって、マス目を一つ一つ埋めるような面倒くさいことをやるのがアホラシイという気持ちになる」と言っている。
 これに対して秋山氏は「ここ数年、新しい小説の性格がつかみにくくなったということが大きい」という。「内向の世代をはじめとして、文学状況というものがいい意味で多様化、悪い意味で拡散し混乱している。その中で新しい人は、混乱以前の固定化したスタイルによりかかって書いているのが多い。若い作家が出るために対抗すべき敵がないということも大きい。二十代の才能が書くべきで、しかもまだ書かれていない文学の対象は日常的にあるはずだ。それが書かれると、今の文学の主流に対抗できるような作品になるはずだ」と秋山氏は言っている。
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