026 手帳 大物登場でわく 芥川賞授賞式
出典:読売新聞 昭和49年2月8日(日)
 「この年になると、いい小説をと言われても書けないが、悪いも
のをと書われても、ある程度のものが出来ちゃうですよ」
 さらりと言ってのけたのは、ほぼ四十年ぶりに書いた小説「月山」で第七十回芥川賞をかっさらった森教さん。六日夕、東京・新
橋の第一ホテルで開かれた授賞式は、久しぶりの大物登場でわいた。
 「草のつるぎ」で受賞した野呂邦暢さんについであいさつに立った森さんは、腰に手を当て余裕しゃくしゃく。
 「いま安岡さんが選考経過を述べてくれたが、この小説を書くよ
うそそのかしたのは、この人の“悪い仲間”の古山高麗雄さんで、全く妙な因縁」と笑わせたあと、“小説論”で参会者を煙に巻き「皆さんよろしくご声援願います」と右手を上げて壇をおりた。
 安岡さんによると、今回の候補作は粒ぞろいで選考はかなり難航したという。ただ「月山」はオデンにたとえると、中までツユがしみ込んでいる文体で、断然、他の作品を引き離していたそうだ。
 せきを切ったように受賞第一作ばかりでなく、文芸雑誌に書きまくっている森さんは、いま週刊誌にも「文壇意外史──星霜移り、人は去り、四十年流離の記」を連載中。当分、話題をまき続けそうだ。
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