033 60歳にしてモテモテ“風狂の人”
出典:夕刊ニッポン 昭和49年10月5日(土)
 NHKのテレビ番組「ビッグショー」にかつぎだされてからというもの、ラジオ、テレビから引っ張りだこにされ、何が本職だかわからないほどの“売れっ子タレント”になっている異色の芥川賞作家森敦氏。「こんなジイさま(六十二歳)を、いつまで引っ張り回すつもりだ」という悲鳴もものかわ、きのう三日からは、とうとう自宅にホームスタジオを設け、ニッポン放送の早朝ナマ番組にレギュラー出演させられるハメになってしまった。お陰で、本業の作家活動の方はすっかりお留守。「早く次の芥川賞作家をつくってもらわんと身がもたん」と大ぼやきだが、そこは“風狂の人”──。
 
 森さんの“活躍ぶり”は、まったく本職のタレントそこのけ。週一回のレギュラー出演が実に三本(NHK“ビッグショー”、文化放送“ダイヤル相談”、ニッポン放送“山谷親平のお早うニッポン”)。これに、週一、二回のショー番組へのゲスト出演が加わる。たとえば、三日のスケジュール。朝、七時半ごろから“山谷親平のお早うニッポン”出演、午後一時半ごろには、フジテレビ入りして、「3時のあなた」で山本リンダと対談。終了後ただちにレギュラーでホスト役をしている週刊S誌の対談会場へ。
 「受賞したとき“三カ月間は、マスコミ攻勢を覚悟してください。それが終われば潮がひいたように静かになる”──そう出版杜の人にいわれておった。ところが、ちっともそうならん。半年すぎたのに、ますますひどくなるばかりだ。一体、どうなってるんでしょうねえ」
 森さんは、自分のモテぶりが本当にわからんといった顔で、こうぼやく。が、実は、この、超売れっ子ぶり、困惑している当の森さん自身に大いに起因しているフシがあるのも事実。
 特別の例を除いて、純文学の作家の場合、一日のうち何時から何時まで執筆などとスケジュール表に書き込むことはまずない。テレビ、ラジオから「十五分ばかり出演していただけませんか」と電話が入る。手帳を開ければ、その時間は空白。「ああ、あいてますねえ。いいですよ」というわけだ。
 この一億総タレント時代である。森さんは一高在学中から菊池寛、横光利一の文壇両巨頭に見込まれ、毎日新聞に連載小説まで書いた異才。その嘱望された将来を何が原因か敢然と投げ捨て、コツ然と文壇から姿を消す。四十年近い空白の未再びコツ然と現世に浮上し、六十二歳の老齢で、芥川賞をかっさらってしまう──こんな経歴を持っているだけに、マスコミが一度は食指をそそられるのはむしろ自然というもの。
 なにしろ、風狂の人、仙人、異才、さまざまな呼称をもった人だ。多分、ダメじゃなかろうかと思いつつも「出演を…」となれば手帳が空白な限り「OK」してしまうのだから、身動きできなくなるのが当たり前。
 「ボクにとっちゃ、月山(芥川賞受賞作の舞台)の山奥で、お百姓と会って立ち話をするのも、テレビ局で天地真理ちゃんに会うのもおんなじ」
 番組のレパートリーやギャラを選択するという感覚も皆無。とにかく「はい、いいですよ」という森さんの“快い返事”でモロにあおりをくっているのが、本職の作家活動の方。芥川賞作家にとって、義務的にさえなっている雑誌『文学界』への受賞第一作執筆も「旧作を書きなおしたもの」(同編集部)で済まし、執筆依頼相次ぐ『新潮』『文芸』『群像』等の文芸雑誌を断りっぱなし。このため文壇の一部では「タレント活動にばかり精を出して」とマユをひそめるウルサ方もあるというほど。
 もっとも、森さんにしてみたら、これとて、いらぬおせっかいということになる。
■「芥川賞を欲しかったわけでもないし…。書きたいものは今、三つほどあるが、作家として精進しなければならんとも思わんし…。
 発表して評価を受けたいとも思わんし…。活字の依頼も、放送局からの依頼も区別なし。同列です。なにしろ、反思想的思想を標榜(ぼう)しとるんですから」
 トレードマークのタバコを裕然とくゆらしながら「ボクの行動の根本にあるのは、華厳教と高等数学の統一されたもの」と高笑い。
 調布市にある四畳半の粗末な木造アパートが森さんの本拠。ところ狭しと書物が山積みされた中に、ニッポン放送がナマ放送用に設置した放送器具一式が加わり、足の踏み場もない。その中央に陣取って、本気か冗談か。「まだ、レコードの吹き込み依頼がきませんなあ。おかしいなあ」とうそぶくあたり、まさに“大物タレント”だ。そして「次の芥川賞を早く決めてくれないと、身が持ちません」。
 ちなみに、このモテモテで、森さんがもらっているギャラといえば「どれだけテレビ、ラジオに出たってもうかるはずがない。文化人の出演料は、最高一万円。森さんも同じ。原稿書いた方が、お金にはなるはずです」(フジテレビ)という。
 やはり“風狂の人”の次元でなければ、理解しかねる人といえよう。
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