039 くらし 森敦氏の『月山』を組曲に
出典:神戸新聞 昭和50年10月14日(火)
 作家・森敦さんの第七十回芥川賞受賞作「月山」にフォーク調の曲がつき、組曲になった。作曲し歌ったのは新井満さん(二八)=神戸市北区鵯台団地=で、曲にほれ込んだ森さんがPR係を買って出、テレビ、ラジオはちょっとした「組曲・月山」ブーム。曲をさらに発展させLPにまとめる話まで進み、このところ新井さんの家には毎晩森さんから電話がかかり「どれぐらいできた」と催促しきり。話題の方もますます発展しそうだ。
 
 新井さんと森さんの出あいは去年の暮れ。「月山」を読んで感動した新井さんが十二月三十日に森さんに一ファンとして電話した。森さんはそのとき新聞原稿を執筆中で書き悩んでいたらしい。それが新井さんの電話でほぐれ「一度会いたいからすぐ来ませんか」と招待。新井さんは翌大みそかに上京して森家をたずね一夜歓談した。
 新井さんは電通神戸支局に勤めるテレビのCMプロデューサー。今年一月、日本酒のCMに檀ふみを起用、相手役に大物を…と森さんに出演を打診したところ快諾、すんなり制作され、CMは約九カ月間、テレビから放映された。
 六月、森さんから一緒に飲もうと自宅に誘われ、娘さんもまじえての酒盛りの最中「酔いも手伝ったんでしょう“月山”に曲をつけてみようかということになり、全くのアドリブでギターを弾き語りしたんです。歌は大学(上智大)のころちょっとやっただけだし、ギターもコードを知ってるていどで自信なかったんですが…」と新井さん。
 『ながく庄内平野を転々としながらも、わたしはその裏ともいうべき肘折(ひじおり)の渓谷にわけ入るまで、月山(がっさん)がなぜ月(つき)の山と呼ばれるかを知りませんでした─』
 で始まる冒頭の部分だ。聞いた森さんが面白がり「あんなに歌がうまいと知りませんでした。だからびっくりしてちょっと待てといってテープにとったんです」。そのテープを森さんがラジオのディレクターに聞かせたところ“こりゃいける”だれに聞かせても“うん、面白い”となった。
 荒井さんは酔いまぎれのうろ覚えの歌を、改めて“正気”で再吹き込み、ついでに最初の曲「月の山」につづけ「花の寺」「ミイラ」「死の山」の四章から成る組曲もつくってみた。素人と思えぬ音域の広い澄んだ声で、たんたんとしたギターにのせ、妖(あや)
しい幽玄の世界を歌い上げていく。奇妙な魅力をたたえた声と曲だ。
 やがて文化放送、ABC、TBS、東京12チャンネル、フジテレビ、NETのモーニング・ショーなどに相ついで「組曲・月山」が登場、時には二人共演して生の弾き語りを聞かせたこともあった。このところ森さんへの講演依頼には「組曲・月山」とのセット希望が多いとか。
 「新潟の学校や、東北電力からわざわざ指定して来ているんです。これまでテレビで流したのはせいぜい一番くらいでしたが、これからは本格的に取り上げますよ。山口洋子(作詞家)さんから、あの曲を聞いて感激した、彼を作曲家として使ってみたい、なんていって来ているんですよ」と、森さんはマネジャー気どり。
 レコード会社も放っておかない。シングル盤につづいてLPを年内に出す計画もあり、それには四章では足りず、いま新井さんは十章にしようと作曲中だ。
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