044 異色のレコード化
森敦氏の小説「月山」 キングから発売
出典:秋田魁新報 昭和51年3月18日(木)
 作家、森敦さんの芥川賞受賞作「月山(がっさん)」が、LPとシングル盤のレコードになり、キングレコードから発売された。小説にフォーク調の曲をつけてレコードにしたというのも珍しいが、歌っているのが歌手でなく広告会社勤務の若いサラリーマンというのも変わっている。
 「月山」に曲をつけて自ら歌い、一時間近い組曲に仕上げたのは、神戸市北区鵯台団地、電通神戸支局勤務の新井満さん(二九)。
 新井さんと森さんの出会いは一昨年の暮れだった。「月山」を読んで感動した新井さんが、一ファンとして森さんに電話したのがきっかけである。テレビのCMプロデューサーである新井さんは、やがて担当していた日本酒のCMに森さんを引っ張り出すことに成功、二人はしばしば酒をくみ交わすようになる。
 昨年六月、森家を訪ねた新井さんが酒席の座興で「月山」にギターで曲をつけながら弾き語りした。
 「ながく庄内平野を転々としながらも、わたしはその裏ともいうべき肘折の渓谷にわけ入るまで、月山がなぜ月の山と呼ばれるかを知りませんでした──」で始まる冒頭の部分である。「それがうまいんです。びっくりしてテープに取りました」と森さん。それをラジオのディレクターに聞かせたところ、「これはいける」と太鼓判を押され、「歌は大学(上智大)で少しやっただけ。ギターもコードを知っているていど」という新井さんは、酔いまぎれのうろ覚えの歌を“正気”で吹き込みさせられる羽目になった。
 これが好評で、続いて「花の寺」「ミイラ」「死の山」にも曲をつけ、最初の「月の山」と合わせて四章から成る組曲とした。キングからレコード化の話が持ち込まれたとき、シングル盤だけの予定だったが、森さんの希望でLPも同時に出すことになり、新井さんはさらに六曲つくって十章の組曲とした。「作曲の本を買ってにわか勉強をしたり、とにかく死ぬ思いで仕上げました」と新井さん。
 小説を歌うといっても、むろん全文でない。しかし、音域の広い澄んだ声で幽玄の世界を歌い上げていく新井さんの歌は、小説の魅カを十分に表現している。異色ずくめのレコードで“文学と音楽”の結合がどんな反響を呼ぶか。森さんは「大いに満足しています」と語っているのだが……。
(シングル盤500円、LP2,300円)
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