085 あすへの話題
森のひなまつり 高野悦子
出典:日本経済新聞 平成元年3月8日
 作家、森敦さんとの出会いは、一九七九年、岩波ホールで映画「月山」(村野鉄太郎監督)を上映したことに始まる。
 森さんは独特の魅力の持ち主で、いちど会った者はだれでもぐっと心をとらえられてしまう。そこで森さんのまわりには自然に人が集まってくる。私も以来、森一家の一人となって、公私ともにご指導を受けている。
 この一月二十二日、森さんは七十七歳のお誕生日を迎えられた。その喜寿をお祝いする会が三月三日、岩波シネサロンで行われた。題して「森のひなまつり」という。
 五十人も入れば一杯になる会場に、九十人もの人々が集まった。呼び物は岩波ホール一座による「森敦の半生」。総合司会は新井満さんである。
 電通マンの新井さんは、かつて森さんの一言で「組曲月山]を作曲してシンガーソングライターとなった。やがて小説を書き出した新井さんは昨年「尋ね人の時間」で第九十九回の芥川賞受賞作家になってしまった。
 おかしな芝居が次第に感動的になったのは、飛び入りで話をされた作家や編集者の方々による。小島信夫さん、古山高麗雄さん、三好徹さん、日野啓三さん、五木寛之さん、なだいなださん、森禮子さん、林京子さん、高瀬千図さん、天野敬子さん……。
 加えて、前進座の嵐圭史さん、「文学界」の雨宮秀樹さんの朗読がつづく。そして、森さんの長寿を祈る私の日本舞踊「寿」でしめくくったのだが、これには全員が冷汗をかいた模様である。
 月山のふもと、山形県朝日村の人々もかけつけて、庄内地方特製のワインや地酒が林立する。三時間におよぶ会が終わったとき、私はすっかり幸福な気分になっていた。
 今日も森さんのおかげで、さまざまな方と知りあうことができた。人生には楽しいことが沢山ある。しかし、最大の楽しみは、すばらしい人々との出会いだと私は思っている。(岩波ホール総支配人)
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