094 素顔 放浪で「愉快な人生」送る
出典:公明新聞 昭和57年2月21日(日)
 酷寒の二月。四メートルもの豪雪が積もるという山形の地を舞台にした『月山』が芥川賞を受賞してはや十年近い歳月が。(雪嵐の)吹きが吹きつけるなか「紙の蚊帳を吊って過ごした」ことも懐かしい憶い出になる歳月。その間、『月山』の名は忘れられるどころか版を重ねること二十五版、二十五万部。文字通りのロング・セラー。
 月山の在処・山形県朝日村では昨年八月二十八日に〈すべての 吹きの 寄するところ これ月山なり〉を刻んだ文学記念碑を建立、さらには“紙に書かれたもう一つの文学記念碑”として文集を刊行、県をあげての事業に。記念碑はおろか、酒、菓子などの特産品にも月山とともに、森敦の名が冠せられる。
「善意でやっていることなので怒るわけにも」と苦笑の体。
「月山をテーマにしたから宗教を深く知っているのではと、宗教関係の講演依頼が多いのだが、放浪するための寝泊まりには寺が一番都合がいい」ということで月山にも寄寓したまでと、とかく決めつけがちの世評をさらりとイナす。
 その放浪も「(人生の)全体を放浪するのではなく、十年働いては十年遊ぶ」スタイル。それも「働くことを強制せず、自然と交わることをすすめてくれた女房と楽天家の母」あればこそ。その妻も五年前に逝った。「愉快な人生を送れた」ことを感謝する。
 そして今。「勤めの途中、山手線の始発に乗って二回りの間に、四ツ切りのザラ紙を原稿代わりに認(したた)めた」という『月山』は、次から次へと新たな読者を魅了し続ける。(関)
↑ページトップ
森敦関連記事一覧へ戻る
「森敦資料館」に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。