001 文芸時評(抜粋) 文体に年功が 川村二郎
出典:読売新聞 夕刊 昭和48年7月26日(木)
 森敦「月山」(季刊芸術)は、南島と逆に、東北の山中の寒村を舞台にした、やはり一種の「日本発見」小説だが、ここには珍しい土地の風景以上のものがある。人生の落伍(らくご)者らしい「わたし」が、月山の山ふところにある小部落の崩れかけた古寺で、一冬をすごす。
 部落の住民は酒の密造をなりわいとしており、その意味で世間の道にはずれた者、「この世ならぬもの」なのだが、彼らと接触しながら、吹雪に閉じこめられた荒寺の中で、「わたし」自身も次第に「この世ならぬもの」になって行く。生者をも意味し、死者をも意味するこの言葉の重義性のかもしだす雰囲気(ふんいき)が、妖(あや)しくもこまやかに物語をひたしていて、しかもその雰囲気はきわめて均質である。調和ある幻想の世界がそこに現出する。
 この幻想は、いささか古風ではあるかもしれないが、ことさらに意図された幻想談・妖異(ようい)談のたぐいの強いられた奇怪さはなく、むしろ自然に安らかであり、ほの明るい輝きさえ放っている。そして、美しくよどみない風景描写と、生と死についてのうつらうつらとした夢見心地の観想とが、たがいに溶け合って、風景を深い思いのこもった象徴にまでたかめている。六十歳を越えているというこの作者の作品を読むのはぼくははじめてだと思うが、そののびやかな文体は年功を感じさせると同時に、本質的な若さをも告知しているようである。
↑ページトップ
書評・文芸時評一覧へ戻る
「森敦資料館」に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。