003 文芸時評(抜粋) 秋山 駿
   細部のすご味と月山の自然記述
出典:東京新聞 昭和48年7月31日(火)
 辺地に材を取るというのなら、森敦氏の「月山」(季刊芸術)もそれで、これは、東北は月山の山ふところにある寺で半年あまりを、過ごす「わたし」の滞在記みたいなものである。
 そこは、冬になれば雪で人も通えぬ閉鎖的な場所で、密造酒をつくっているこの小さな部落には、数々の民話的な行事や光景があらわれては消える。行き倒れの「やっこ」をミイラにしてしまったのでははないか、というような細部にはすご味がある。
 一方、「古来、死者の行くあの世の山」とされている月山を中心に、紅葉や雪を描く自然の記述がみずみずしい。
 この二つが相俟って、どこか現実離れした別世界といった光景を展開する。むろん、その光景は、わたしの「この世から忘れられ、どこにも行きようのない」その心理と一致する。旅と漂泊と人生観照、といった伝統的な文学の源泉の一つがそこにある。その記述には一種の心の高さがある。
 しかし同時に、この小説にはわかりにくいところがある。なぜかその細部が、一つの人間の生の形とか営みへと、一焦点を結んでこない。それは、一つには、思い入れの多い文体のせいでもあろうが、もう一つには、やはりその「わたし」が、正体があいまいだからであろう。
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