007 今年の小説ベスト3(抜粋)      秋山 駿
出典:読売新聞 夕刊 昭和48年12月15日
評論家10氏が選ぶ
秋山  駿、磯田 光一、江藤  淳、川村 二郎、佐伯 彰一、
篠田 一士、中村 光夫、平野 謙、丸谷才一、山本健吉
 そこで一方には、自分の探すべき本当のものを、現実の中の或るリアルな物に求めて、現代社会と、その宙づり状態において衝突しているような制作があらわれてくるのも、当然なことであって、その一つ一つの成果が、『洪水はわが魂に及び』や『心優しき叛逆者たち』や『萌野』である。
 これらの作品はその一つ一つが、われわれに強く同時代性ということを感ぜしむる内容を持ってはいるが、しかしその世界がなぜか、これは作者にとっての留保つきの限定された現実であり、どこか或る架空の現実の場所である、と思われかねない或る転化の徴候を同時に内包している、と見えてくるところに、正しくわれわれの立っている現実の奇妙な扱いにくさがある。
 今年は、本当らしい自分を手っ取り早く過去に求めて、戦争中の少年の記憶を描くものが多かった。『帰らざる夏』はその代表作である。しかし、『平和の死』も含めて、ついに小説の記憶に見いだすものが、現在とも変わらぬ同じ精神の彷徨の光景であったとすれば、これはまことに皮肉な話ではあるまいか。
 そして、こういうわずらいを離れた短編小説には、『走れトマホーク』『月山』などの佳作があった。
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