009 芥川賞の二作品 優れた文体と描写力 (抜粋)
出典:高知新聞 昭和49年1月19日(土)
今回の芥川賞は、六十二歳の森敦氏の「月山』と新鋭野呂邦暢氏の『草のつるぎ』の二作に決まった。
 『月山』は、出羽三山(山形県)のひとつ月山(がっさん)を、人生に疲れたような『私』が、ある晩秋に訪れるところから始まる。『私』は山ふところの小さな部落の寺に落ち着き、そこで一冬を過ごす。紅葉に色づいた山の風景が冬の到来とともに真っ白な雪景色に変わる。毎日のように吹き続ける吹雪の下で、割りばしをつくる古寺の“じさま”や密造酒をつくり、飲み交わす雪に閉ざされた部落の人々の生活は、下界の俗世間とは隔絶した別世界である。『私』は荒れた寺の中で障子に目ばりし、紙の蚊帳をつくり、寒さをしのぐ。そして、春の知らせは、富山の薬売りとともにやってくる。
 春になって迎えにやって来たのは『私』の友人だった。彼はこの山に一大レジャーランドをつくるというのだった。
 死の山“月山”の雪の世界を清冽(せいれつ)かつ凄絶(せいぜつ)な幻想世界として描いた作品だ。選考委員の中には、結末で突然俗世界が出てくるのは疑問だという意見もあったらしいが、文体も描写もすぐれているとして受賞が決まった。この作品について、小島信夫氏は『二十年、三十年、五十年、何百年というふうに、…長い期間の中に置くことを許されるのにふさわしいものを、本質的にもったもののように思える』(季刊芸術27号)と絶賛している。
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