035 天衣無縫の“青春放浪”
   文壇意外史  森 敦著
出典:サンケイ新聞 昭和50年1月9日(木)
 六十一歳で芥川賞を獲得して一躍マスコミの異色の花形となった著者は、実は戦前十九歳で既に新聞連載の小説を書いたことがあり、いわば文学青年で、九州から出て来て、横光利一や中山義秀の家に出入りし、菊池寛や大岡昇平、河上徹太郎らとも知り合っていた。
 これはその青春時代の思い出を中心にした「放浪記」で、持ち前の天衣無縫の性格がにじみ出ていて実に面白い。母親がまことにザックバランの明るい人らしく、その血を受けついだらしい。
 横光利一が走り高跳びや野球が上手で、柔道も強く、中山義秀をなげとばしたという話や、菊池寛が講演旅行で京城へ行った時、カフェーで二円チップを出して大いにもてた話や、檀一雄と一緒に河上徹太郎の家へ押しかけて小づかいをせしめる話や、正に“意外”な話が、あとからあとから出て来てあきさせない。
 それに金子堅太郎とか頭山満とか思いがけない人々とも交渉があって、とにかく多くの人たちとおめずおくせずつきあい、また天性の放浪癖で、日本国中は勿論、朝鮮、満洲まで歩きまわるという青春遍歴が、ありのままに語られているから楽しいのだ。いささか脱線して事実とくいちがったところを、これも知り合いの詩人北川冬彦の手紙をそえて訂正の役目をさせてるところなども面白い。磊落(らいらく)な禅坊主の話を聞いているような痛快な本である。=朝日新聞社・八五〇円
(石)
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