040 高山辰雄「聊齊志異」画集発行記念
出典:八重洲美術店開店20周年記念展 冊子

 
高山辰雄画集『聊齊志異』によせて
 『聊齊志異』のすばらしい怪奇と幻想は、今日の私たちをも豊饒な芸術的雰囲気の中に誘いこんでやまないものがある。この清朝の有名な小説を旧知の森敦氏が「潮」誌上で現代語に訳したが、その文章につけた高山辰雄さんのパステル画が、また何ともいえず良かった。華麗で、情感が深くて、そこにもつれるような、またたゆたうような、美しい詩趣があり、挿絵というより、画帖といった方がふさわしい表現であった。
 いったい、高山さんの絵画世界は、単なる嘱目の人物や風景や花などを描くのでなく、もっと深く、遙かな、人間情念のドラマやロマンに焦点を置くところがある。そこにつねに豊かな精神と官能の混沌を秘めているのである。没くなった香月泰男が「高山君は絵にならないものを描こうとしている」と評したのは的を射た名言だったと私は思っている。
 その高山さんが、『聊齊志異』の画集では、その独自の世界を、実にすなおに、ふくよかに展開されている。パステルの柔らかで明るい画趣も、その気分をいっそう助長している。どうかすると、深刻な風情にも近づく高山芸術が、ここで、こんなにも楽しい詩と夢をはらんで提示されたことを喜ばずにはいられない。きっと多くの人々が歓迎するにちがいないと思う。
京都国立近代美術館長 河 北 倫 明

 変幻の芳香
  高山辰雄の『聊齊志異』によせて
 『聊齊志異』は、清の時代の中国が生み出した摩訶不思議な物語の集成である。
 その物語は、フィクションとしての要素が非常に多いことは当然であるが、しかし、それにもかかわらず、きわめて人間的なリアリティをもって、読者の心に食いこんでくる迫力をもっている。
 作家・森敦氏は、この『聊齊志異』のテーマにその今日的な私家版の執筆を試みた。その際、高山辰雄は「自由に描く……」という条件で、この装画を引き受けた。
 高山さんは、『聊齊志異』を繰り返し読みながら、そこに中国の大地を感じ、またその空気にふれた思いがしたという。
 しかも、奇怪で不思議な物語とはいえ、作者(蒲松齢)が暗闇のなかを手さぐりで模索している姿を読みとり、創造への情熱をかきたてられた。とも語っていた。
 こうして、約60点のパステル画による高山辰雄の画作『聊齊志異』がまとめられた。変幻するイメージを追って、色彩が芳香を放っている。ふかい夢をひめた人間のドラマが、ここに妖しく開花しているように、私は思っている。まことに魅惑的な装画の誕生である。
小 川 正 隆
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