065   絶妙な語りで解読される密教論理の空間
                森 敦 筑摩書房・刊(一二〇〇円)
              松岡正剛(エディトリアル・エディター)
出典:週刊ポスト 昭和61年10月17日
《著者紹介》(もり・あつし)1912年生まれ、作家。作品に『月山』『浦島太郎の人間探検記』『文壇意外史』『森敦のおかっば愛情学──どう愛してどう生きるか』などがある。
  
 一冊の書物を読んで、その中に描かれた人物にぞっこん惹かれることはよくあることだけれど、そのためには、その当の見知らぬ人物が書き手によって活写されていなければならない。それが森敦の 『マンダラ紀行』のばあいはNHKの伊丹政太郎さんだった。
 この本は、以前放映されたNHKの番組を元にしているらしく、その録画の順に当時の取材光景を再構成したものである。かんじんの番組の方を見ていないのでなんとも言えないが、本を読むかぎりはこれまでの“密教もの”とは趣旨を変え、森敦という特異なキャラクターを通して、日本のマンダラ・ゾーンの構想に迫った番組のように憶測された。あくまで森敦のマンダラ巡りなのである。その旅は萩原妙秀尼が三〇年をかけた有名な神護寺のマンダラの観照からはじまって、東寺、高野山などを経て四国八十八ケ所におよぶ。
 取材班が車椅子の森敦を押し立てて、次々に日本のマンダラ・ゾーンに立ち入ったのにはかなりの工夫があったろう。著者は、そのときの撮る側の目ではなく、撮られた側の目をたくみにいかして、そこで戸惑い、考えこみ、ひらめいた思考のプロセスを逆に再現してみせた。その手腕は並はずれて卓抜、また老練だ。ふつうこの手の本は、シルクロードものに代表されるように、番組録画時の写真をふんだんにつかって再構成されるのであるが、著者はただひたすら文章のカタリの三昧にのみ録画当時の感想を複雑に折りたたみ結晶させている。そしてそこにちらりちらりと顔を出す伊丹さんが、とてもよく書けていたのである。
 ところで、本書ではマンダラ構造の秘密が、金剛界と胎蔵界(本来ほ胎蔵会という)のメビウス構造にあること、およびそこには次元を変換するしくみとでもいうべきがあって、それは一即一切の華厳世界との関連でも解けることなどが、あやしげな数理感覚によって説明される。著者はそのために、暗号に満ちたマンダラが発する信号を拒絶し、これを記号として凝視したという。
 華厳とは、密教出現以前にインドで構想された途方もなく広大な宇宙観である。途方ないというより、その途方そのものの同時的鏡映性を説いた。ごく簡単にいえば、そこではひとつずつの世界が自律的に相移相入して、混然とした「融通無碍」が徹底して展開される。その中心にビルシャナがいる。わが国では奈良の大仏がビルシャナの最もよく知られた例である。そのビルシャナがするすると密教化して大日如来になった。この次第については、私も過日の『空海の夢』で詳細に論証したことで、いわば「華厳から密教へ」という構想にこそ密教の本質がひそんでいる。空海はそこに若くして気がついた。
 著者もその点に足を踏みこんだ人なのであろうが、そこで説明に使われた数理感覚はマンダラに関係するというより、たとえばニコラウス・クザヌスからフェリックス・クラインにつらなるごく一般的な幾何学観であって、かえって著者の文章のカタリ自身がもつ、まことに絶妙な一即一切、相移相入の感覚を味消しにしてしまった。これは前著の『意味の変容』でもおなじ長所と短所になっていた。
 ついでながら「記号を凝視した」という方針もいっこう伝わってこない観点で、むしろマンダラにまつわるさまざまなセマンティックスを、その記号のもつ矛盾性をいかして著者のカタリの中に溶けこませている手腕の方が、私にはよほど説得力があった。中沢新一がフラクタル幾何学を空海にむすびつけるために、空海の治水事業の流体力学性を根拠にする牽強付会にも感じたのであるが、よしマンダラがフラクタルであったとしても、そのためにはそれを語る者のセマンティク・プロセスこそがフラクタルであった方がよかったのだ。すでにマンダラは図像によるカタリの構造の涌出に長けていたからこそ、その流出が高野山中にも東寺講堂尊像にも、また四国八十八ケ所にもおよんだのではなかったか。
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