019 〈眠る男〉の再生
出典:友 Iwanami Hall 9 平成8年9月10日
 小栗康平監督の映画「眠る男」の製作発表の試写会のあった昨年末の同じころ、『森敦全集』(全8巻別巻1)が完結した。父森敦の死後、7年の歳月を要した全集で、その間、神経を酷使して不眠症に悩まされていた。心地よく〈眠る〉ことができたら、どんなに幸せなことかと思い、〈眠る〉という平安なひと時をこいねがっていた。そんな私事の事情もあって、小栗監督の4作目の映画の題名が「眠る男」と知って驚き、大いなる関心を持った。小栗監督のそれまでの「泥の河」「伽倻子のために」「死の棘」の3作はいずれも原作の小説の題名を使ったが、今回の4作目は小栗監督独自の題名である。
 映画を観るときは心を空にして、映画館の座席に身を沈めて、素直に泣いたり笑ったり感動したり居眠りしたりする。「眠る男」を観るときも素直な気持ちになっていた。程なくスクリーンに中天の満月が輝き、〈眠る男〉の姿が映し出されると、不思議なことに〈眠る男〉の姿に森敦が重なって見えてきた。〈眠る男〉は苦しんでのたうち回るわけでもなく、静かにこんこんと眠り続ける。森敦の最期も安らかな〈眠る男〉であった。死に至る眠りが、命の輝きに見えてきて、〈眠る男〉は恍惚境にあってひたすらに眠っているのだと安堵さえした。
 かつて森敦は、死の1年前、インタビューを受けて、「ぼくはきちんと『華厳経』をよんだことはありませんが、そこにはいかにして恍惚になるかが述べられているんです。人間は本当に悟りを開いたとき恍惚の人になるんです。道元の『正法眼蔵』も恍惚になることを鋭いている。恍惚とは、死ぬか生きるか生死の境界線がなくなって、ねむるがごとくあの世に行けることです」(「余白を語る」朝日新聞・1987年12月18日)と語っている。恍惚の人こそ望みだと言った森敦の境地を、〈眠る男〉にも思うのである。
 そして〈眠る男〉が永眠し、斎場の煙突からの煙が山へと流れていく。〈眠る男〉の魂も山中の森へと流れていく。山中の能舞台は、この世とあの世の境界なのだろう。登場人物が「能は、現実と幻想が入り交じっているから、おもしろいんだよ」と語る言葉が暗示的である。いよいよもって画面が美しく冴えてくる。この世ならぬ美しさ。ブナの森の輝き。この世の浄土を説い上げるかのような透き通った美しい画面に、穏やかな微笑を浮かべた〈眠
る男〉が、向こうからこちらに歩いてくるではないか。〈眠る男〉の再生だ。
 森敦は、小説『月山』の執筆前に、あの世に行って、この世に帰ってくる話を書きたいと言った。浦島伝説の再生譚だとも言った。事実、芥川賞受賞後のインタビューで答えている。「秘密をいえば、ぼくは学生時代から華厳経を読んでいたので、これ(『月山』)はぼくにとって“竜宮城”のつもりなんです。女は乙姫さまのつもりですし、バサマたちはその他の“魚”です。ぼくにとってあの世に行ってみるということは、竜宮に行ってみることだし、ケンランたる竜宮というのも、実はこんなものかもしれない」(栃木新聞ほか・1974年3月15日)と。
 映画「眠る男」では、〈眠る男〉の再生とともに、涸れていたはずの井戸までも豊かな水の再生をみるのだ。ここに至って私は〈眠る男〉に森敦を重ねて観ていた気持ちを捨てて、小栗監督の新しさに考え込んでしまった。命とは、人間の命ばかりではなく、大自然の命までも含んでいるのだと語りかけてくる。
「眠る男」の舞台は小栗監督の故郷の群馬県だ。小栗監督は美しく輝く映像に造り上げて、自然の再生を訴えたかったのだろう。群馬県の自然は、日本の自然であり世界の自然である。自然の輝きは命の輝きなのである。                   (作家)
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