048 いつも通る料金所のおじさん
出典:JUNON 1月号 昭和51年1月1日
 言葉というものは、使わないでいると、いつのまにかすり減ってしまうものです。
 東京の郊外にある自宅から、私はよくタクシーで都心に向かいます。高井戸あたりから高速道路に乗るのがいつものコースなのですが、しばらく走ったところにある料金所のおじさんは、お金を受けとるときに必ず「ありがとうございます」と言うのです。そこの料金所には、同じ仕事をするおじさんが何人かいるのですが、どの人のときもこの言葉は返ってきます。
 それだけなら別に珍しいことではないのでしょうが、他の料金所ではめったに体験することができないとなると、話は変わってくるわけです。
 先日、私の乗ったタクシーの若い運転手は、その料金所で「ありがとう」と言われて面くらったようですが、しばらく走って、「気持ちいいですね」とつぶやきました。
 私もその間の運転手の心を想像すると楽しく、ああ、ここではまだこの言葉が生きているな、という思いを強くしたことでした。
「ありがとう」──すり減らしたくない言葉ですね。
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