049 僕自身が諸悪の根源である
出典:月刊『HOW』4月号 昭和51年4月1日
 今の世の中は、怒る材料がたくさんあるといわれていますけれど、たとえば高物価というようなことについては、僕も勿論、物価は安い方がいいからできるだけそうあってほしいと思っています。そういう事についてはいろいろと分析、解剖しておられる方が他にいらっしゃるので……。
 僕の身近な例でいえば、たとえば煙草ですが、これは昔に比べて質が落ちた。葉が少なくて空気の方が多い。うっかりしてるとズボンの上に熱い灰が落ちて焼け焦げを作る。そうすると修理に高くつくし、別にズボンを買うはめになる。だから、煙草の質については身にしみて困っているわけです。
 この頃の若い人を見てますと、どうも自分自身の激しい体験や深い思考や研究の結果から出て来た意見なのかな、と思うことが多いですね。
 たとえば受験制度というようなことについて、ある若い人と対談などをする。そうすると、受験は落とすことを目的としているのであの制度は不合理である、と酒落たことを言うわけです。勿論、試験問題を見ておると、そうかなあと思うような節も無きにしもあらずですけど。ところが僕は感動しない。何故なら、彼がその論拠としているものは、すでにどこかの新聞か雑誌に書いてあるんです。その書いてあるようなことを自分の怒りとして彼は語っているわけです。本当に自己を見つめ、受験というものを通じて社会の問題を考え、その上で怒っているのであれば、これは理解できるしたいしたもんです。その人は、たとえば試験に受かるように、世の中にも通用してゆくでしょう。だが、大方の怒りの大部分の本質は、人からの借り物なんです。そんなものは取るに足りないことなんです。
 だから、僕があまり外へ向けて怒ったりしないということの一つは、そういうところから来ているんです。自分で考え、自分で言って、それでお笑いになるにせよ賞讃されるにせよ、自分の身の丈でやっているんだと思ってますから。まあ、僕の悪口も相当言われているでしょうし、良くも言われているかも知れないが、どちらを言われてもビクともしないんです。
 そうでないと、いつでも世の中にまき起こるさまざまの問題が、ジャーナリズムを賑わすだけで一向に深化せず、風俗化し拡散していって、それで終わりになってしまうんですよ。
 僕の体験で言えばですね。ある小さな印刷会社に勤めておった。勤めておるといっても僕の場合、何もしないんです。机の前に座ってお茶を飲んでるんです。仕事もしないで給料をもらうんですから給料に不服はないんです。僕はしかし、30人位しかいないああいう小さな所で遊んでいるものが一人いることは、みんなから見れば、あいつがおるから給料が安くて遅配欠配するんだ、会社の経営も伸びないんだということになる。僕はそれをよく知ってましたから、ははあ、俺は恨みを受けているなと、しかもその恨みは当然だと思っておったわけです。そのうちに会社が倒産した。僕は見るに見かねて、他のことは何もできないから友人から金を借りてあげたわけです。すると掌を返すように、今まで諸悪の根源であったこの僕がこんどは仏になった。陰で急先鋒になって悪口言っておったのが目の前で拝むんですから。
 僕はこの印刷会社の眺めを社会の事象として眺めて来た。だから、あの中で社会の勉強というものもして来たし、たとえばインフレというようなことも関連してわかるわけです。新聞を読むよりもわかる。それは分析されたものではないけれど、借り物の知識としてでなく身をもってわかるんです。
 そんなわけで、大体いままで批難されて来たのは、僕が居た社会ではこの僕自身だったんです。諸悪の根源であると、そう言われても抗弁しないんです。当然だから。これは反省ではないんです。反省なんかしません。もっともだと思うだけで。怒る側ではなくて怒られる側だったんです。
 また僕に友人は多いんですが、それは僕が怒らんからです。非常にあいつはいかんというような所も、その人の特色だし、そういう特徴を持った人間だと思ってますから腹が立たないんです。
 大体あいつの顔が長いから、丸いから腹が立つというようなケチなことが、意外に人の怒りの根源となっていることが多いんです。国家間においても同じこと。国民性というのは、国民は国民の顔を持ってますからね。そう思ってるから僕は人に対しても怒らんです。これは修養の結果でも何でもなくて、僕自身の性質ですね。それで、まあ世の中にはいろんな眺めがあるんだなあと、黙っていろいろ観察しているわけです。
(もり・あつし 作家)
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