065  ある日、突然に 森敦芥川賞受賞作家 
出典:バレエ「月山」パンフレット 昭和52年9月23日
 ある日、突然に一人の若者が大きなギターを抱えて私の家へやってきて、大きな声で歌をうたいだしました。ときどき、ギターをひく手をとめて「この歌、なんの歌かわかりますか」と大きな眼玉をむいてはうたい続けました。五木ひろしの小ぶしのきいた歌とはおおよそ違った響きでしたが、それは次第次第に私の小説「月山」の文章に節をつけて歌っているのだとわかりました。歌い終ったとき私はすっかり感激し、興奮し、一筋、二筋と涙を流していました。作曲者新井満君と私との出合いはこうしてはじまりました。
 するとこんどは、ある日また突然に新井君の組曲が振りつけされるのだとききました。しかも兵庫県芸術祭に参加するバレエだときかされふたたび驚きました。しかし小説は私の世界、作品は新井君のもの、バレエはバレエだと思っていますから、私の「月山」がバレエとして舞台上演されても別に抵抗はありませんと答えました。解釈は自由であって小説に忠実でなければならないと考えていません。ただ人間は生きています。生きていることは存在し表現があります。「われ思う故にわれあり」です。しっかりした自我の主張が大切です。どんなバレエ「月山」をみせてもらえるか、私とバレエとの出合い、楽しみにしているの一語につきます。がんばってください。(談)
お断わり=本文は本年8月神戸夏季大学講師として来神されたとき、洋舞家協会員との会食中にお話になった要旨を作文したものです。
↑ページトップ
森敦インタビュー・談話一覧へ戻る
「森敦資料館」に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。