074 暮らしの中に花盛り・・・・・・通信販売・通信教育の魅力
出典:朝日新聞 昭和54年3月5日(月)
 新築された白い家。国電が足元に見える高台にある。
 若い女性の訪問者でないのが残念そう。それでもゆっくりと話し続ける。サービス精神は十分。記憶力は抜群。
「四十年ぐらい前かなあ。通信教育は、ユニバーセテイ・エクステンションといって、そのころもあったんだ。大学の延長、学問の解放の意味だね。このごろは、趣味や教養に役立ってい
るのかねえ。やっとぼくが思っていた方向に実ったわけだ」
「あのころは、通信教育というと、受験生のためという感じだった。いまある大きな学習雑誌屋さんは、それで大きくなったんだよ。アレはね……悪いとはいわんよ」
 少年時代の話に入る。京城で元気に遊んだころだ。
 通信販売もあり、カメラや望遠鏡を手に入れた。
 しかし、簡単に自分の物になったわけではない。森少年は、すこぶる優秀な方法を考え出す。
「いっしょに住んでいる母親に手紙を出すんだよ。本当だよ……。『おたくの子供はカメラを欲しがっている。その品物を買ってあげなさい。いいことがあります』と書いてね。郵便ポストに入れるわけだ」
 一通、二通、三通と回を重ねると、母と子は、ニンマリとした関孫になり、良好な結果になる。
「針穴の、おもちゃのカメラだったけど、写ったし、うれしかった」
 シャッター・スピードもなく、しぼりは「春、夏、秋、冬」と季節で分かれていたとか。
 雑誌の広告を見るのが楽しみで、ミシンを買おうと思ったら
「女の子のものじゃないですか」
 タイプライターの時は
「自分でたたくのは、志が低い。人にやらせるものです」
 と言われ残念ながら失敗したこともあった。
 いまでも、いろんなものを手にしないと、気がすまぬらしい。
「頭のなかだけではだめ。いろんな品物や実験道具を手にして学ばないとね」
 飛行機ブームでもあった少年時代は、模型飛行機という具合だ。
 ネコもシャクシも大学といえば航空機科に集まって、いまの医学部どころではなかったという。
「まず、なにがなんでも、全体を把握しなくてはいかん。本物と模型は理論上同じわけだから、それを買って頭に入れたもんです。おもちゃがおもちゃでなくなるんです」
 まるで鳥のように、たくさんの模型飛行機が飛び回っていた空が浮かんでくるという。
「船を作れば、いつの間にか物理学や数学、歴史まで学ぶことができるんだからね」
 物を手に入れることから新しいことが生まれるという森さんは、いろんなものが欲しそう。
「地方にいてもはがきや電話で手に入るなんていいなあ。私の小説『月山』の山の中にいても手に入れられるんだからねえ」
「ウン、いろんなものを手に入れて作ってみたい。もう一度、青春を味わいたいね」
 この三月には、アメリカに講演旅行に行く。小説は、とたずねたら「か、かくよ」と元気にうなずいた。
企画・制作 朝日新聞社広告局
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