105 私の一枚の絵 聊齋癖二人
出典:一枚の繪 第125号 昭和57年3月1日
 「世の中の絵には、音楽的な“耳の絵”もあれば、見る事に徹した“眼の絵”もある…………けれど、高山さんの描く世界は“心の絵”なんですねえ……心を描いた絵……」
『鳥海山』『月山』などの作品で知られる作家森敦さん(70)愛蔵の一枚の絵は、日本画家高山辰雄さん(70)のパステル画「聊齋志異・公孫九娘」──中国清代の怪奇小説の傑作聊齋志異の巻十一(鬼二)……冥界の人、公孫氏の九番目の娘と、現身の生員(書生)との交流を描いた公孫九娘の段の絵である。
 もとより、あまりの面白さに老文徒が寝食を忘れて没頭したという古事から“聊齋癖”なる言葉すら生み出した、世界四大奇書の一つ『聊齋志異』………蒲松齢(1630〜1715)の清麗な筆になる全一六巻、四三一編には、神、仙人から、狐の精、花の妖精、鬼(死霊)…など、この世のものならぬ妖怪変化が、ある時は艶麗に、ある時は哀音を含み、またある時は、ユーモラスに登場する。幽冥界と顕界とを自在に往き来するその夢幻の世界に魅いられた、文人、詩人は、芥川龍之介、太宰治など数多いが、森さん、高山さんも、また、その「深く夢幻の淵に曳きずり込まれるような」世界の魅力に捉われた「聊齋癖の尤なる者の一人」………癖高じて、七年程前、総合誌に、文・森敦、絵・高山辰雄で『私家版聊齋志異』を一年半連載した。連載終了後、高山さんから、森さんに贈られたのが、このパステル画なのである。
 海の絵を描く時には、海の中に入って、波に揺られるその心持ちを描きたいという高山さんの心の中の聊齋志異………………小品ながら画中神韻縹渺トシテ、幽冥ヲ呼ブ乎……。
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