128 私の図書館より、読書ガイド
  森 敦さん(作  家)
  僕は座右の書の『論語』と『観無量寿経』を毎晩読んで寝ます。
出典:VISA 昭和58年10月1日
古典とともに、その時代のベストセラーを読む必要があります。世の中を渡る常識を持つという意味で。
森 敦さん
 その昔、ラジオで谷崎潤一郎さんと対談したことがあります。司会者が谷崎さんに「小説家になるには、どういう本を読んだらいいのでしょうか」と質問したところ、「『源氏物語』と『平家物語』をよく読めばそれで十分」と答えていました。
 谷崎さんは漫画にまで目を通したといわれる多読家。たくさんの本を読んだ結果、いま述べた2冊を“発見”するに至ったのだと思います。
 僕も若い頃は手当り次第に本を読んだものです。トイレの金隠しの前にも机を置いていたぐらいで……。
 中学校を卒業するまでに日本文学全集、世界文学全集、世界思想全集を全て読んでいました。そして一高(第一高等学校)に入ってからは、それまでに読んでいないものを探し求めて読んだものです。
 その高校を1年で中退してから、60歳を迎えるまで、僕は放浪していたわけですけど、乱読期を卒業してこれが座右の書であるといえるものを“発見”したのは45〜46歳の時でした。『論語』と『観無量寿経』の2冊がそれです。
 『論語』を初めて読んだのは6歳の時。当時、僕は漢文の塾に通っていて、この『論語』を素読させられました。その後も折りにふれ頁を繰り、やがて40歳も半ばを過ぎた頃、座右の書となっていたのです。
 いまでは『論語』『観無量寿経』の2冊とも暗記しているといっても過言ではありませんけど、毎晩、床の中でランダムに頁を開き“ああ、こういうことを考えていたのか”とこころを新たにして読むのが日課になっています。
 ともかく好奇心を持って、古来いいといわれたものを数多く読むこと。そうすれば、自ずと自分にとっての座右の書を発見できるでしょう。座右の書を持つなら、その人生は腰が、ふらつくことなく、根をしっかりおろしたものになるはずです。それだけに人にとって座右の書はかけがえのないものなのです。
 何も古典だけ読んでいればいいといっているわけではありません。『楢山節考』(深沢七郎著)、『限りなく透明に近いブルー』(村上龍著)、『窓ぎわのトットちゃん』(黒柳徹子著)といった、その時々の何年に一度というベストセラーも読んでおく必要があると思います。世の中を渡る常識を持つという意味で……。
 松尾芭蕉が“不易流行”と、つまり“変わらないことと、時に従って変わること”の両者に視点を当てなければこの世を送れないといってますけど、読書についても同様のことがいえるわけです。古典とともに、その時代のベストセラーを読むことが大切であると──。
 良い本には人生の糧がいっはい詰まっているものです。
                                                (談)
 
 
1912年熊本県生まれ 旧制第一高等学校中退 在学中毎日新聞に処女作「酩酊船」を掲載 「月山」で第70回芥川賞受賞 著書多数
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