035 圏点 韓国首相、本誌記者に示唆
出典:毎日新聞 昭和49年6月22日(土)
【ソウルニ十一日鳥井特派員】日本人学生二人に対する韓国非常軍法会議の第三回公判が行われた二十一日午後、記者(鳥井特派員)は「サンデー毎日」の依頼で訪韓中の作家、森敦氏とともに金鍾泌首相と会見し二学生裁判間題、金大中事件、報道の自由、今後の日韓問題──についての考えを約一時間にわたって聞いた。「北」(朝鮮民主主義人民共和国)に備えた演習中ということで、白いジャンパー姿で現れた金首相は、この中で、金大中氏の「出国を含めて自由」という日韓両国政府の了解事項について「田中首相との間で認めあった“自由”は一般市民的“自由”であり、選挙違反までも“治外法権”として許すことを認めたわけではない」と述べ、また、二人の日本人学生事件の今後について、判決後、何らかの措置をとる用意かあることを示唆した。
 
金鍾泌首相の会見要旨次の通り。
 
 一、(日本人学生事件について)二人の日本人学生事件についていえば、日本の報道が金大中事件と同様、政治問題としてまつり上げ、かえって解決を阻んでいる面がある。早川君、太刀川君の場合、裁判の結果をみなければ、その内容はわからない。ところが、
日本の報道は二人の事件を探偵小説ふうに仕立てている。少し血気にはやりすぎるのではないか。この間題が韓日両国に悪影響を及ぼすのは本意でない。結果いかんでは、いろいろ方法はあると思っている。
 一、(金大中事件について)金大中事件をめぐる韓日両国政府の了解事項について、とやかくいわれているが、田中首相を訪ねたさい「国外に出る自由を与えてほしい」との希望を聞き、たしかに私は「それは自由である」と答えたしかし、この場合の「自由」は「一般市民的自由」であって、金大中氏を治外法権的な扱いをするといったわけではない。つまり、一般市民における自由を許す条件に変わりはない。ということで、その点、田中首相も了承してくれたはずである。しかも、金大中氏は六七年と七一年の選挙違反事件について裁判所に出頭を求められながらボイコットを続け、さらに病気を理由に日本に渡り、日米間で政治活動を続けていた裁判所は今年一月、選挙違反を早急に解決する方針をたて、現在、裁判を行っているわけだ。金大中事件は、いまもってだれが、何の目的でしたのかわからないが、私は実に、つらい思いで昨年十一月、日本を訪問したことを理解しでもらいたい。
 
言論の重要さは十分に認識
 
 一、(韓国における報道の自由について)理由はともあれ、言論
を閉ざすことはいいことではない。だが言いたいことは、韓国は韓国なのだから、日本側の記者が「北」の脅威下で建設に励む韓国に、日本でいう“際限のない自由”を求めてほしくないということである。一部の特派員の退去を求めたのは、他の国に対する分別を少しは持ってほしいという考えからだ。日本の言論が日本の首相に悪口、批判を浴びせるのは日本の自由だが、他国の元首に対しては少しくらい礼儀をわきまえてほしい。これらの条件さえ満たされれば、常に報道人に門は開いている。言論の重要さの認識は人後に落ちないつもりである。
 一、(今後の日韓関係について)韓国と日本の間には、自由社会における通常的な国際関係のほかに、プラス・アルファがある。それは不幸な歴史であり、最近の一連の事件である。ヤン・デンマンという名である雑誌が「日本人は自分の国の憲法は、世界の憲法であると思い込んでいる」と書いているのを興味深く読んだ。南北分断という条件、韓国勤乱(朝鮮戦争)の記憶、常に戦争を用意している「北」の脅威、その中でGNP(国民総生産)は一人当たり米国の五千ドル、日本の三千ドルに対し、わずか四百ドル、そこを何とか生き抜こうと忍耐し努力している韓国を正しく理解してもらいたい。日本人は韓国人のメガネをかけることが出来ない以上、他国は他国としての認識を持つ必要がある。長い目でみて、韓日関係がどうあるべきか、哲学的な次元で日本の知識人が見てくれることを期待している。それが韓日のアルファを解くカギになると信じている。
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