040 『月山』をレコード化
出典:スポーツニッポン 昭和50年11月4日(火)
 森敦氏の芥川賞受賞作「月山」をレコード化したサラリーマンがいる。広告代理店の電通神戸支局に勤める新井満さん(二八)で「ヒョウタンからコマです」と本人はいうが、文学の香り漂う音楽性に森敦氏をはじめ、関係者の間で評判を集めている。レコード会社も争奪戦の結果キングに決まった。小椋佳をはじめ、フォークソングづくりがサラリーマン社会にも及んでいるようだ。
 
 「月山」は、森敦氏の第70回(昭和四十八年度下半期)芥川賞受賞作。出羽の月山を舞台に、厳しい雪ごもりの生活を描いた幻想的な味わいのある作品。
 この「月山」の中から抜き出した文章に曲をつけて、自ら歌い、一時間近い組曲に仕上げたのが、新井さんである。例えば、書き出しの〈ながく庄内平野を転々としながらも…〉の五行は、そっくりそのままに「第一章月の山」という歌になっている。
 「実は“月山”を読んですごく感動しまして、森先生のところへ電話したんです。昨年の大みそかのことですが、それが機で、先生の家へお邪魔するようになりまして、ことしの七月、酔った座興に即興で“月山”に曲をつけてギターで歌ったんです。そしたら先生が気に入ってくれまして、それがきっかけなんです」と新井さん。
 さらに三曲作ってそのテープを森敦氏自身が関係者に聞かせまわるうちに「小川宏ショー」「奈良和モーニングショー」などのテレビでとりあげられ、日大の文学部の講義材料になり、調布図書館からライブラリー依頼がきて、感動した作詞家山口洋子がテープをもって音楽関係者にあたる……という反響になった。
 「“月山”は音楽性の高い小説で、一種の浦島太郎物語だと思う。もう何十回となく読みかえしたが、そのたびに違った感銘をうけるんです」
 作家の小島信夫氏をはじめ、上坂冬子さん、有馬三恵子さん、神津善行氏らも注目、レコード化は、キング、ビクター、CBSソニーの間で争奪戦となり、キングに決まった。
 フォーク+クラシックの音楽性から、これを“フォークラ”という森敦氏は「わたしは音痴だが、ある意味でこれは新しいジャンルのものになると思う。ある魂がふれると何でも歌になるし、新井クンからは、そういう解釈もあったのかと逆に教えられました」これまでの歌にない新鮮な感覚がうけたようだ。
 新井さんは電通神戸支局クリエーティブ部に勤務するサラリーマンで、CM制作を手がけている。上智大学法学部を卒業して五年、本業の方では、森敦氏と檀ふみの酒のCMなどを制作、広告コンクールでJAC会長賞、ACC奨励賞などをとっている優秀社員だ。
 「自分で録音して、テープにとったものが、カセットで十本以上あるけど、発表したことはないし、今回は全くヒョウタンからコマの話。LP一枚分作りあげるのに7キロもやせてしまいました」とにが笑い。
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