042 「月山」 レコードになる
出典:朝日新聞 夕刊 昭和51年2月20日(金)
 四十八年の芥川賞受賞作品「月山」(森敦著)がレコード(シングルとLP)になり、近く発売される。原文をそのまま歌詞として使い、曲をつけたもの。作曲し歌っているのが、全く素人の会社員で、ラジオやテレビでも紹介されて話題になっている。
 
 「月山」に取り組んだのは電通神戸支局に勤務している新井満さん(二九)。一昨年、あるテレビ・コマーシャルヘの出演を森敦氏に依頼したのがきっかけで「月山」を読み、そのトリコとなった。同時に森氏と、作家一ファンとしての交流も始まった。あるとき、座興に「月山」の出だしの文章を歌ってみた。それを聴いて気にいった森氏がカセット・テープに取り講演やラジオの番組などで紹介して歩き、そのうちにレコード化の話が持ちあがった。大学時代にコーラス・グループに半年いただけという新井さんは、にわか勉強をしながら作曲をやりとげた。歌詞は「月山」の全文章の中から、自分のイメージに合った部分を原文のままそっくり流用、音楽による「月山」の、新しい静かな世界が誕生した。
 新井さんは「初めて作品を読んだとき、足の裏からジンと来るような感動を受けた。文章のどこを取っても詩になると感じた。でも正直にいって、二週間こもり切りで作曲したときは、死ぬ思いでもうコリゴリだった」という感想。
 一方の森氏は「私自身が忘れかけていた『月山』を、彼の歌は呼びもどして<れた。彼が選んだ文章は、そのままひとつの批評、そして音楽による新しい解釈になっている。魂が触れ合えば歌になるんだな」と、満足のようだった。
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