045 耳で“読む”文学
出典:レコード新聞 昭和51年3月20日(土)
 耳で読む文学──??今年は、文学作品のレコード化がひとつのブームになりそうな気配。それも単なる朗読ではなくて、ジャズ、ポピュラーなどのサウンドにノセて、新しい感覚で作品と音楽との“めぐり逢い”を表現しているのだ。小説ファン、音楽ファンの両方を巻き込んで、レコードの方も“ベスト・セラー”にしようというのだが…。
 
 昭和48年度下期芥川賞受賞作品森敦(もり・あつし)さんの「月山(がっさん)」をアルバム化したのが「組曲/月山」(キング・3/5)。
 同作品は、月の夜の山の美しさが民話風の語り口と味わい深い自然描写で表現されており、この作品を読んで深く感動した神戸市在住の、某大手広告代理店につとめる新井満(あらい・まん)さん(二九)が、曲をつけたもの。
 熱がコウじて、東京の森さん宅にギターをかかえて押しかけ、小説の冒頭を原文のまま、口ずさんで歌って森さんを感動させた。その縁で、ラジオやテレビ、新聞、雑誌などでも次々紹介され、評判をききつけた各レコード会社の争奪戦の上、キングから発売されたもの。
 内容は「第一章・月の山」から「第十章・死の山」までのトータル・アルバムで、新井さんの作曲したメロディーを、作品イメージを大切にしながら編曲したのが、大阪在住の気鋭の若手アレンジャー、上柴はじめさん(二九)。
 モチロン、歌は新井さんだが、「本職の歌手もビックリのなかなかの美声」とかなりの評判だ。
 一方、小松左京と並び称されるSF作家の大御所、筒井康隆さんの傑作短編小説「家」もアルバム化された。制作したのは日本ジャズ界のこれも大御所、山下洋輔で「家/筒井康隆、山下洋輔」(フォノグラム・3/25)としてリリースされる。
 これは、山下が以前より筒井さんの大ファンで、「氏の小説のレコード化が夢だった」ことから、山下自身が話を持ち込み、「山下クンとはもう十年来の付き合いだ」という筒井氏が、快くOKを出したというもの。
 アルバムは、A面に「海」「月」B面に「嵐」「家」を配し、両面を通してトータルな構成となっでいる。
 筒井さんが全体の構成とナレーションを担当、山下は作曲とアレンジ、そしてピアノ、シンセサイザー、メロトロンなど出来る限りの楽器をプレイしている。また、他に森山威男(ドラムス、パーカッション)、バイ・バイ・セッション・バンドの伊藤銀次(エレクトリック&アコースティック・ギター)、望月英明(ウッド・ベース)が参加している。
 また、少し毛色はちがうが、日本で最長編の大衆文学中里介山・原作の「大菩薩峠(だいぼさつとうげ)」も初めてレコード化された。「大菩薩峠」(RVC・3/5)で、全十枚で一組の構成。
田辺茂一や田中小実昌の作品も企画
 本の方は現在絶版となっていて介山死後は本以外のものは発禁となっていたもの。 江戸講談の総帥四代目・神田伯山が口演、佐藤貞観が尺八を吹いている。
 また、介山を知る唯一の人、南波武男氏の文学史上貴重な解説書も付いており、文学研究にも役立つというもの。
 その他、谷川俊太郎訳詩によるベスト・セラー「マザーグースのうた」がキングから3/21に出たり、ローヤル・レコードで田辺茂一、田中小実昌氏らのレコード化の企画がなされるなど、“耳で読む”文学は、今後ますますブームを呼びそうだ。
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