054 九州芸術祭 文学賞選評
出典:西日本新聞 夕刊 昭和53年2月1日(水)

(写真 選考会=左から五木寛之、森敦、秋山駿、豊田健次の諸氏)
ツブぞろい!
豊田 健次
 今回も私がこの選評を書く羽目になりました。何回も固辞したのですが、選考委員の一人である五木寛之氏に、
 『小説家や評論家の選考評は型にはまりすぎて新鮮味がない。編集者に書いてもらった方が読者に歓迎されるのではないだろうか』
 と、言われますと、引きうけざるをえません。拙い文章をお目にかけることになりますが、お許しください。
 『今回はデキがよろしいようですな。前回は、受賞作の「水中の声」はトビぬけてよかったが、他の候補作品の中には読めないものがあった。こんどはそういうものがない。ツブぞろいですな』
 という森敦氏の発言をうけて秋山駿氏が、
 『それだけに、決めるのがむつかしい。ウン』
 と、腕組みをなさる。
 『ドングリの背くらべということではなく、三、四本同水準のものがあって、どれに決まってもおかしくないから、今回は時間がかかるかもしれませんね』
 と予想屋のようなことを口走りたくなって、あわてて言葉をのみこみました。
 消去法でゆくことになりました。
 第一回目。最初にはずされたのが、『糞戦記』『猫の宿』「メビウスの法則・ミラージュ』『土からのメッセージ』の四作品。
 『糞戦記』は、糞尿集荷所の“迷惑料”と老人の生き甲斐という今日的素材をからめて、ユーモラスな筆致で登場人物たちを生き生きと描いておりますが、全体的に印象が淡い。
 『猫の宿』は猫好きの未亡人については納得のゆく描き方がされていますが、不意の訪問者である老婆の像が鮮明に伝わってこないうらみがあります。『猫なぞいなくても、この小説は成り立つのに』という意見が出るのも、老婆がきちんと描きこまれていないせいでしょう。
 『メビウスの法則・ミラージュ』は安部公房と筒井康隆を合わせて水でうすめたような作品です。哲学的、SF的趣向も悪くはありませんが、単なる思いつきだけに終わっているのは残念でした。
 『土からのメッセージ』も、きわめてアクチュアルなテーマでなかなか読ませるのですが、小説が終わっていない感じが残ります。作者の内奥からのメッセージがひびいてこないモドカしさがあります。
 二回戦にうつって、まっさきに落ちたのが『A団地の幻想』。なんともフシギな小説で、若い男(大学生)が恋人にフラれたかと思うと、次の場面で、この男は空き巣に入ろうとしている。そこには正体不明の先客がいて、二人の間に奇妙な会話がかわされる。そして逃走──。
 『……出ロヘの順路が、僕の記憶装置の中で完全に破壊、もしくは一時喪失していた。出口はいったい何処なのだ?』
 狐につままれるというのはこのことで、委員諸氏もアッケにとられ、茫然自失のテイでした。
 次にフルイにかけられたのが『白い画帖』。戦時下の女子画学生を主人公にした淡彩画風の気持ちのよい作品ですが、当選作とするには線が細すぎます。
 最後に残ったのが『夜明けの坂道』『また夏は過ぎた』『記憶の翳』『ジョージが射殺した猪』の四作でした。
 『記憶の翳』は小説技巧の点ではいちばんうまい作品かもしれません。肥満児の少年もアフリカ行きを夢見る足の悪い若者も、屋上から投身自殺をした赤いガウンの老人も、主人公のまわりにいる患者たちは抑制された筆づかいながら見事に浮き彫りにされていますが、肝心の、交通事故で入院している主人公についてはいっこうに要領を得ません。文学的ムードはあるのですが、文学的真実を表現するまでにはいたらなかったというところでしょうか。
 『夜明けの坂道』は、新聞配達生の青春の憂悶を、いくつかのエピソードを重ねてあざやかに描出しております。
 『また夏は過ぎた』は、けっして巧みな作品とはいえませんが、材料の重さが圧倒的な迫力を生んでおります。
 『ジョージが射殺した猪』──。沖縄を舞台にした小説は数多くありますが、芥川賞作品でいえば、『カクテル・パーティー』『オキナワの少年』。しかし、このような角度から切実な主題に肉薄した作品はかつて無かったのではないでしょうか。
 このままでは、いつになっても受賞作はきまりません。毛を吹いてキズを求めることにします。
 『夜明けの坂道』に批判が集中することになりました。私小説すぎる。作者の甘えが気になる。この種の題材で書く場合、もう一歩の踏みこみ、工夫が必要なのではないだろうか……。こうして二作が残されました。
 『また夏は過ぎた』の主人公は、かの悪名高き関東軍七三一部隊に関係のあった人間です。その体験は言語に絶するものがあります。そのことだけでも、小説は十分にスリリングです。が、これは作者の体験であろうか。単なる想像だけでは描けないリアリティーがあります。しかし、これが事実であるとすると……。小説というものは……。
 無理に一点にしぼるとすれば、新しい視点で重いテーマを表現し得た『ジョージが射殺した猪』ということになるのではないか。
 こうして受賞作がきまりました。
 ジョージが単なる加害者ではなく、基地の日本人にも馬鹿にされ、仲間からも見くびられている米兵という設定が、この作品の成功のもとといえましょう。
 文章もなかなか工夫のあとがあり、リズム感もあります。ジョージが黒人たちに徹底的にいたぶられるシーンはこの作品の圧巻であります。
(『文学界』編集長)

 五十二年度九州芸術祭文学賞優秀作=『ジョージが射殺した猪』又吉栄喜(沖縄県)
 
 各地区優秀作=『A団地の幻想』十時政徳(福岡市)▽『糞戦記』江間光太郎(福岡県)▽『猫の宿』谷まさ子(北九州市)▽『夜明けの坂道』岩野民人(佐賀県)▽『メビウスの法則・ミラージュ』永尾裕人(長崎県)▽『白い画帖』中谷梢(熊本県)▽『土からのメッセージ』吉岡孝信(大分県)▽『また夏は過ぎた』清松漂介(宮崎県)▽『記憶の翳』立石富男(鹿児島県)
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