065 こんにちは 若者たちと話すのが好き
出典:山梨日日新聞 昭和58年2月10日
 南巨摩郡増穂町教育委員会・同町文化連盟主催の文化講演会に招かれ、六日夜、約二時間にわたって講演した。「山梨県に来たのは五回目くらいかな。盆地も山もとてもいいところ」と言い、「深沢七郎さんは、一番尊敬している作家といってもいいほど─」と話す。話しぶりも風ぼうも、作家というより哲学者に近い。 「若い人たちと話すのが好きだ」という森さんだ。
 これまでにも塩山や甲府に来ている。「不思議に同じところで講演をやることが多いんだな。山梨県は好きなところ。山がいいし、盆地もとても美しい。住んでみたいと思っているほどです。でも冬はきっと寒いだろうね」。眼鏡の奥の目が、時に鋭く、時にやさしく変わる。
 芥川賞作品「月山」で知られるように、山を舞台にした作品が多い。それだけに山梨の山にもひかれるものがあるようだ。「でも住まなきゃあ、山梨を舞台にした小説は書けないね。もっとも東京から遊びに来て、ワイン工場を見たり、飲んだりして、いい気持ちになって帰ったなんてことをテーマにすれば書けるね」。森さんの語り口は、作品同様、やさしさと説得力にあふれていて、思わず聞き手を、その世界の中に引き込んでしまう。
 深沢七郎さんの「楢山節考」にふれて「あの風景はね、単なるオバ捨てのことじゃあないんだ。空前絶後の小説ですよ。現在の文壇では彼に勝てる人いないでしょう。その代わり何を書いてくるかしれないね。私が一番尊敬している作家といってもいい」「文壇の中でね、対極をなしている、というのは三島由紀夫と太宰治、そして中上健次と深沢七郎。この対極が最高ですね」。作家たちを見る目もまた奥深い。
 「山を好き、というのは私が海国生まれということからでしょうね。山を知らないからあこがれがあったのかなあ。甲府盆地好きなのも、そのせいかな。それにここの盆地は奈良盆地にも似ている。奈良に十年もいたのでね。山梨の山は奈良の山のようになだらかではないけれど、山すそを引いているので似たように見えるんだな」
 話は山から真言密教へ、さらに仏教の中の数学へと移る。「今ね、もう日本中、どこへ行っても同じような料理が出るでしょう。これが嫌だね、小説家も同じ。うまく料理するんだよ。だから同じものになってしまう」。ピリッと文壇批判も。眼鏡の奥が光った。
〈中村高志記者〉
 もり・あつし氏 明治四十五年(一九一二)熊本県天草生まれ。処女作「酩酊船」発表後、作家生活を沈黙、昭和四十八年「月山」で第七十回芥川賞受賞。著書に「鳥海山」「わが青春わが放浪」「文壇意外史」などがある。東京都新宿区市谷田町三ノ二○。
↑ページトップ
森敦関連記事一覧へ戻る
「森敦資料館」に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。