078 手帳 「ズッシリした存在感」
    森敦氏作品を選考委激賞
出典:読売新聞夕刊 昭和62年12月21日(月)
 今年の野間文芸賞と野間文芸新人賞(野間奉公会主催)の贈呈式が十七日、東京・丸の内の東京会館で行われ、「われ逝くもののごとく」(講談社刊)の森教、「ヴェクサシ
オン」(文芸春秋刊)の新井満の両氏に賞はい、賞金が贈られた。
 野間文芸賞選考委員を代表して安岡章太郎さんは「森さんの文章は最初の一行目から実在感がある。読んでいる間中・作中の東北ナマリの書葉が頭のなかにガンガン響き、その一行一行に動かしがたい存在感があった。日本海に面したある港町が、戦争によってではなく戦後の状況の中で、サーッと音もなく崩壊して行く、その辺りに強い感銘を受けた」。
 また新人賞選考委員の川村二郎さんは「受賞作の題がとられたサティの音楽は、単純で自己顕示的でなく限りなく沈黙に近い。新井さんはその感じを作品に盛り込もうとして成功している。耳がきこえないヒロインの設定も巧みだ。きれいにすっきり仕上がっていて鮮烈な印象を受けた」と選評を述べた。
 これに対し森さんは「あの長いものを読んでくれただけでも選考委員の方々に感謝します」とあいさつ、受賞作は密教のマンダラの「胎蔵界」(大日如来を慈悲の面から説いた世界)を描いたもの──と説明してみせ、「私はもう七十五歳。何か書くときはいつも、これで終わりだぞと思って筆圧が高くなり、書ケイ気味だ。心身ともにもう書けない境地なので今回の受賞は大変うれしい」と結んだ。
 新井さんは、電通マンとしての仕事で森さんに出会ったのが、作曲をしたり小説を書くきっかけになった話を披露、「森さんにおだてられてブタのように木に登ってしまった。その木は下の方が音楽、上の方が文学になっている。私の人生を一変させた森さんと同じ席にいることに、人生の不思議なめぐりあわせを感じる」と話していた。
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