087 森敦さん死去 『月山』で芥川賞 放浪の作家
出典:朝日新聞 平成元年7月30日(日)
 六十一歳で芥川賞を受賞した小説「月山」の作家で、特異な作風で文筆活動を続けていた森敦(もり・あつし)氏が、二十九日午後五時三十四分、東京都新宿区の東京女子医大病院で死去した。七十七歳だった。葬儀・告別式は未定。自宅は東京都新宿区市谷田町三ノ二〇。
 この日午後四時二十一分ごろ、森さんの自宅から「(森さんの)意識が薄れ、様子がおかしい」と、家人から一一九番通報があった。救急車で人工呼吸、心臓マッサージをしながら同病院に運ばれたが、病院に着いた直後、死亡した、という。
 森さんは今月上旬、無熱性肺炎で約一週間入院したが、十三日に退院し、執筆活動を再開したばかりだった。
 長崎県生まれ。旧制一高中退。横光利一に師事、二十二歳のとき「酩酊船(よいどれぶね)」を毎日新聞に連載。太宰治、檀一雄らと同人誌「青い花」創刊に加わったりしたが、その後、土木作業員などをしながら各地を放浪。昭和四十八年に庄内平野を舞台にした小説「月山」で芥川賞受賞。四十年ぶりの文壇復帰、オールド新人と話題を呼んだ。
 昭和六十二年、やはり庄内平野を舞台に長編「われ逝くもののごとく」で野間文芸賞受賞。著書はほかに「鳥海山」「意味の変容」「わが青春わが放浪」など。また最近、月刊誌「文学界」八月号から新作「君、笑フコト莫カレ」の連載を始め、あけすけな笑いの精神を意図した新たな小説世界に意欲を燃やしていたところだった。
 山手線の車内で原稿を書き続けたという「月山」は、若いころの体験にもとづいており、人生に悩む青年が、月山のふもとの破れ寺で一冬過ごす話。仏教的な宇宙観と清れつな文体で愛読され、村野鉄太郎監督で映画化された。この「月山」に曲をつけてレコード化した縁で、一昨年芥川賞を受賞することになる新井満氏が作家を志したエピソードもある。また舞台となった山形県朝日村では、愛好者による「月山祭」も毎年開かれ、今年、同村から名誉村民の称号が贈られている。
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