(文 森富子)
Part 2
*三個の徳利 *スリッパ *トランペットを吹く男 *土産@ *土産A
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*三個の徳利
 「月山」「われ逝くもののごとく」「鳥海山」と書かれ、森敦の署名があるが、本人の書ではない。「われ逝くもののごとく」の野間文芸賞受賞のお祝いにいただき、中の生酒は岩波ホールのみなさんとともに乾杯した。「われ逝くもののごとく」の「逝」が一画多い。眺めながら「面白い」などと呟きながら、目立つところに飾って楽しんでいた。お祝いの心が詰まっていると思い大事にした。

*スリッパ
 昭和52年(1977)東京都新宿区市谷田町に、1月の厳冬に移り住んだとき、フローリングの床が冷たく、客人用に緑色のフエルトのスリッパ、森敦用に毛羽立った暖かそうなスリッパを用意した。その2種類のスリッパを見て、怒りが爆発した。「差別はいかん。ぼくは客と同じものを使う。毛羽立ったものは捨てなさい」。何でも客人と同じでないと気のすまない人であった。

*トランペットを吹く男
 商品名は「メロディー モーション トランペッター」で、説明に「テーププレーヤーを使用したナマの音と、手塗り仕上げの陶器と、画期的な“動き”を組み合わせた製品」とある。スイッチを入れると、内臓のテープが動いてトランペットのみでの「聖者の行進」が流れてくる。
 「トランペットのレコードを買ってきてほしい。他の楽器の音の入っていないものだ」。数多くのレコード店で尋ねてもないので、たまたま見つけた「トランペットを吹く男」を求めて渡すと、気に入ったらしく、日に何回となくトランペットに耳を傾けていた。酷使して内臓のテープが切れてしまった。
当時『意味の変容』を執筆中で、トランペッターを登場させるつもりで耳傾けていたと思い込んでいたが、確かめてみると「サキソフォニスト」である。しかし、書くためのイメージアップや考えを深めるために、トランペットを聴いていたにちがいない。

*土産@
 左側の入れ物は、グリ石を入れていた。上の取っ手をつかんで持ち運び、グリ石を取り出して机の上に並べたりした。グリ石に、こだわりを持っていた。
 右側は長崎の土産。長崎は生まれたところなので、吸い口を吸っては音を出して懐かしんでいた。
 中央は、山形、秋田へ行ったおりに持ち帰った毬。大小いくつかあったが来客にプレゼントし、残った毬がこれである。

*土産A
 中央の横綱、まわしをつけた木彫りの土佐犬は、土佐に行ったときの土産。犬好きの森敦のこだわりもの。
 右側はマトリョーシカ。ロシア、リトアニアを旅した青年の土産で、全部開けて並べて眺めても、広げたままでもとに戻さなかった。
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