(文 森富子)
Part 7
*紅茶茶碗、コーヒー茶碗 *お重各種 *二つの蚊帳 *愛用グラス *どんぶり
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*紅茶茶碗、コーヒー茶碗
 紅茶もコーヒーも日本茶も、お茶の類の茶碗は、有田焼や清水焼などの磁器を好んだ。「内側は茶の色が見える白、器は薄手でなければならぬ」と言っていた。
 庄内放浪していたとき、近所づき合いをした女性から聞いた話。「森さんてば、紅茶茶碗で味噌汁を飲んでいたんだ。紅茶茶碗は、紅茶にしか使わないと思っていたから、びっくりしての。あれはカルチャーショックでした」

*お重各種
 むすめの富子は、週一、二度は会議で帰宅が遅くなるし、地方に出張して二、三日ほど留守になるため、夜の一食ごとにお重を変えて、冷蔵庫の棚に並べておいた。お重の蓋をあけ食べ、食べ終わったら蓋をして冷蔵庫に入れて置くことと言っても、「なぜ食べ残しを冷蔵庫に入れるのだ」と納得しない。食べ残しの腐った匂いがするし、衛生上もよくないと言っても納得しなかった。

*二つの蚊帳
 右の緑色は、六畳大の大きさで、長年月使った蚊帳。左は白色に裾部分が青色で、新品同様の蚊帳。昭和40年(1965)、大山から上京して東府中に住んだころも、夏場は緑色の蚊帳の中で書き物をしていた。網戸が普及して、蚊帳が不要の時代になっても、蚊帳にこだわり、引越しのたびに「捨てないでほしい」と言い続けた。『月山』を書く前から、祈祷簿で作った蚊帳の中は、電球一つで驚くほど暖かったという話をしていた。蚊帳にこだわり、蚊帳の話をしたのも、小説の構想を考え続けていたからだろう。映画で蚊帳の中に火鉢が置いてあるのを観て、「あれなら一酸化炭素中毒死だ」と、和紙の密閉性を語っていた。

*愛用グラス
 左から二つ目と三つ目が、特にこだわったグラス。前者は麦酒用、後者はウイスキー用。カットグラスと言って、一つン千円もして、割れやすい。はれものに触るように扱っても、安物は長持ちするのに高級品ほど壊れてしまう。私は割れたコップの破片を見て、ン千万円が屑になったと思うのだが、森敦は悠然として「ガラスや瀬戸物は割れるもだ」と言った。

*どんぶり
 放浪中に使ったどんぶり。裏に商店名が書いてある。商店からもらったものか? 「?」には、吹浦の海辺を散歩しながら、松笠、流木を拾う様子が描かれている。松笠も流木も煮炊きに使うためだが、土地の人たちからヤニで鍋や釜をいためるからと注意を受けたと語っていた。そのヤニが分厚くついた鍋は黒光りがして、異様な存在感があったが、事情の知らない者には不潔に見え、捨ててしまった。
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