002 文芸時評(抜粋) 磯田光一
出典:朝日新聞 昭和48年7月30日(月)
 今月は季節はずれのメルヘン的な名作として、森敦氏の『月山』(季刊芸術)がある。庄内平野を見下ろす月山に登った語り手の“わたし”が、古寺の老人と知りあいになるのだが、この小説の魅力は、滑らかな語り口によって暗い土俗的なものを巧みにとらえ、そこに不思議な統一感をかもし出しているところにある。文章の達者なところに、作者がおぼれすぎているのではないかと思われる個所もないではない。しかしナイーブなようでしたたかな力量をもち、なおも詩心を失っていないこの作家は、やはり珍重すべき資質の持ち主と思われる。
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