008 文壇 この一年 “新しい物語性”の確立へ (抜粋)
                          磯田 光一
出典:サンケイ新聞 昭和48年12月19日(土)
 ◆若手の文学的な試行
 もちろん戦前派の高度に完成された作品と、長編小説群との谷間には、より若い世代の文学的な試行も徐々に進行している。新潮社の“新鋭書き下ろし作品”叢書として、高橋たか子氏『空の果てまで』、津島佑子氏『生き物の集まる家』などが刊行された。しかしこれらの新しい試みが、たとえば太宰治賞を得た四十九歳の新人・宮尾登美子氏の『櫂』や、明治生まれの新人、森教氏の『月山』(季刊芸術二十六号)よりもリアリティーをもつかといえば、きわめて疑わしいといわざるをえない。
 新人登場の高齢化と、若手作家の不調という現象には、おそらく幾つかの理由が考えられる。その一つは、戦後の国語教育の貧困の結果、新世代の文学表現力が低下していることも考えられる。しかしまた過去十年くらいの間にわたるジャーナリズムの異常な膨張が、同時に異常な新人発掘熱を生み、若手作家の才能を酷使しながら風化させてしまった現実を考えないわけにはいかない。
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