028 森 敦「鳥海山」
曽根 元吉(仏文学者)
出典:週刊 読書人 昭和49年7月15日
 素っ気なく貼箱に(それがまた近ごろはヤケに厚ぽったすぎるのが多いが)おさまっただけの型どおりの本や、ビニールびきに色あざやかな意匠とりどり(と言いたいが似たり寄ったりのパターンばかり)の装幀の立ちならぶ中では、古ぼけたような『鳥海山』が新鮮な視覚をあたえる。対比の印象からくるばかりではない。題簽に最澄の書を採り、二寶寺地蔵菩薩の拓本を配した古めかしさのせいだけでなく、その構成が著作自体の世界と溶けあった装本になっているからだ。カバーの苔とも土とも石ともつかぬ風あい、表紙の布の純白と墨一色、見返しと本扉の石ずりの感触に流れがあって、作中の表現を借れば「無数の雲影がまだらになって山肌を這う」ようにして生と死の間の剥落した風景が《書物》に造型されている。アラゴンは「美麗な装画は精神を卑しくさせる」と言い、「陰翳のない本はひもとくに値しない」と書いた。『鳥海山』にはその陰翳がある。(装幀・司修、四六判、二〇〇頁・河出書房新社)
↑ページトップ
書評・文芸時評一覧へ戻る
「森敦資料館」に掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。