034 『文壇意外史』      森 敦著
出典:東京新聞 昭和49年12月23日(月)
 十九歳で新聞連載の小説を残して文壇を去り、六十一歳で芥川賞という話題をかかえて文壇に復活した「月山」の作者が、その人生放浪の多彩なエピソードをつづった歯ぎれのよい回想記である。
 横光利一・菊池寛の風貌姿勢を巧みにとらえ富ノ沢麟太郎の夭折を間にはさんでの佐藤春夫と横光の確執や、佐藤が玄関に「雑誌新聞記者の方は面会お断り」と貼り紙し、菊池は「雑誌記者新聞記者以外の方は面会謝絶」としるしていたという裏話に、さらに頭山満など思いがけぬ人々との交渉や朝鮮、満州にまたがる青春遍歴を語って、とにかくあかせない。
 「世にぼくのことを伝えて沈黙と放浪の四十年などというが、ぼくは十年光学関係の会社に働いては十年遊び、十年土木関係の会社に働いては十年遊ぶといったふうにして伊豆に行き、奈良に行き、東北に行き、尾鷲に行き、北陸に行き、また東北に行きしていたので、厳然といるべきところにいた」という。この本自体が氏のこのむ雄弁術そのものであって、いささか調子にのったとおぽしいところは事実とのくいちがいを一々訂正した北川冬彦の手紙がそえられているのも面白い。
(朝日新聞社・八五〇円)
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