058 招・待・席 『月山抄』(河出書房新社・1,300円)森 敦さん
   死を考える人生への解答  佐野 美津子
出典:サンデー毎日 昭和60年11月24日
 天草。韓国。奈良。樺太で北方民族との彷徨。南極。そして月山・注連寺に至る。祈祷簿の、和紙で蚊帳をこしらえ、山々を描いた中で吹雪の冬、天の夢みる。のちに『月山』で芥川賞。ゆかりの地への旅行記の形をとりながら現在と過去、死者と生者が自在に行き来して時が蘇るという不思議な「遍歴」の書。
「生き方、生活、僕のすべてを書いた。現在をいかに生きた姿に表すかが小説だが、大過去、過去、未来をも書く方法はないかと考え、意識の流れということに。大過去、過去、現在の三点を決めときゃ未来もわかる。ものを書くことは自分をどんな風に表すかであり、僕は若い頃、東大寺においてお経を読んだから」
 一微塵の中に宇宙も時間もあり、現瞬間の中に過去、現在、未来が凝結している、これが華厳経の教え。月山は死の山だ。
「霊山は究極的には死を見つめて死に対して覚悟があるかどうか、死を体験する、それが修行です。生と死は表裏一体。強烈に生を生きるためには、死をも強調されなければならんし、希薄な生には希薄な死しかない。死を考えるのが人生であり、その解答が『月山抄』。女房を書いた鎮魂歌でもある。月山の蚊帳の中を全世界として書き、この本も月山に回帰する」
 十年遊び十年働く、が遍歴のサイクルだった。働く時は本当に働き、思い切り遊んだ。
「柱の法理が完璧であれば建築物は完璧だが、精密な法理も必ずパラドックスが表れる。もしそれなら哲学、論理も数学的にだめだから宗教しかない。人生最大のギャンブルは宗教ですよ。信じよう、それで生きようとしたらまず賭けてみろ。地獄に堕ちようとも悔いなき候と親鸞も言っている」
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