059 本を泳ぐ
   生涯の遍歴と到達  富岡幸一郎
出典:新刊展望 昭和60年12月1日
 森敦『月山抄』(河出書房新社)は、『月山』の作家自身が、みずからの生涯の“遍歴”と“到達”を、人々との交際や気ままな旅を通して物語ったエッセイ集である。(略)作者は、二十余年前に月山のふもとの注連寺において冬を過ごしたその“場所”にもどってくる。
 《吹雪を耐えたあの和紙の蚊帳は、わたしにとってまさに玉手箱で、わたしの時間も人生もそこにあったのだ》
 それはいまはない。しかし、『月山抄』に流れている時間は、あくまでも「現在」のものである。いや、すでにいまはない過去の時間が、ここで現前しているとでもいうべきなのか。作中に「現一瞬に過去現在未来が凝結する」という言葉があるが、このエッセイの底にあるのはその「凝結」の感覚だろう。それは読みすすめるうちにある呪縛力を持って、読者をとらえずにはおかないのである。(略)
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