芥川賞受賞した当時、妻が入院中で、森敦はマスコミの応対を勤め先の会社でするわけにいかず、困り果てていた。それを見かねて、富子が住んでいたアパートの隣室を書斎に借り、寄贈本や掲載誌の置き場にとアパートの部屋を三部屋も借りるはめになった。
 富子は客の接待までするようになった。客に紹介するために養子縁組をすれば「娘です」の一言ですむと思いついて、芥川賞を受賞した半年後に、養子縁組をした。
 森敦の50年わたる放浪時代のことなど知るよしもない。つれづれに聞いてはいたが思い出の類の話だ。
 森敦の死後、依頼を受けて書いた森敦に関したエッセイがたまったので、死蔵させないで「娘・富子のエッセイ」の項を設けて転載することにした。
平成30年3月、森富子記す
003 18.05.17 酒田は古里のごときところ NEW 出典:SPOON 平成11年5月1日発行号
002 18.05.01 大根一本、人参一本の恩義 出典:SPOON 平成11年4月1日発行号
001 18.04.19 蜜月のとき 出典:SPOON 平成10年4月1日発行号
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